ドラッカー本に学び強みを知り、働く意味を理解。創業家以外で初の取締役へ就任〜(株)北海道健誠社 伊藤正光さん


北海道健誠社の伊藤さん

(株)北海道健誠社 取締役常務

伊藤正光さん

1973年、旭川市生まれ。

名寄短大を卒業後、福祉施設などを経て、

2011年、北海道健誠社へ入社。

2019年、取締役常務へ。

 

ドラッカー本に学び強みを知り、働く意味を理解。
創業家以外で初の取締役へ就任

 

取締役常務に昇進

 

―大きな変化があったのですね

伊藤 今年2019年6月1日付けで、取締役常務になりました。営業部門とその他の部門はわたしが担当。生産部門は工場長が取締役に就任し担当。2人体制で瀧野社長を支える役目です。

先日、創業家だけではない新役員を選任しようということになりました。社長から「2人選ぼうと思うけれど、できるかい?」と。「自分は、実力は不足していますよ」と(笑)。

これは、がんばれということだと理解しました。取締役は6人で、わたしも経営の判断の場に入れてもらえることになりました。会社はじまって以来のこととなりました。

 

―入社はいつですか?

伊藤 東日本大震災の年、2011年の3月です。当時、3人募集していて、わたしは補欠での入社でした(笑)。社会人のスタートは、名寄の幼児教育の短大を卒業した後、知的障がい者の施設で2年ほど勤めました。その後、旭川でガソリンスタンドなどを経営する会社に転職。その会社が旭川を撤退することになり、札幌への転勤を命じられ、地元企業への転職先を探していました。38歳の時です。

北海道健誠社は障がい者を積極的に採用している会社だということは知っていました。なにかいい会社なんだろうなと思っての応募でした。

 

―入社後はどんな仕事を?

伊藤 最初は配送兼営業でした。配送はホテルや病院といった顧客先にシーツやタオル類を届け所定の場所に収めていく業務です。多いルートだと1日12〜13軒くらい回ります。普通の配送と異なるのは、自社の工場からクリーニングの仕上がりを持っていって、反対に洗濯ものを引き取ってくるところです。旭川の本社から北見に行ったり、名寄の方へ行ったり。往復で300㎞とか走ります。

一方、営業は既存客回りと新規回りの2通りがあります。ホテルや高齢者施設などへ飛び込み営業もしました。施設長とか事務長に会いにいくのです。当初は、行動の割には成果があがらなくて。3年たったころから、少しづつ紹介をいただけるようになりました。現在はほとんど既存の取引してくれているお客さまから紹介をいただくケースが多くなりました。満足していただいた結果かなと思っています。加えて、最近はクリーニング事業所より需要の方が大きくなって売り手市場という状態もあるかと思っています。

 

伊藤正光さん

 

―他社との違いはどんなところ?

伊藤 クリーニングの仕上がり自体にさほど違いがあるわけではありません。すると、価格の競争になるのです。でも、われわれは価格競争はしたくないよねと。そこで、環境面にやさしいという付加価値をつけていこうという方針をとっています。工場のボイラーは重油を使わずバイオマスを使っています。CO2の排出がない再生可能エネルギーです。「当社へクリーニングを出すと環境への貢献ができます」ということを伝えています。最近は海外資本のホテルなどが増えています。こういった外資系の企業は環境問題に敏感です。値段が多少高くても仕上がりが変わらなければ、われわれをお使いいただいています。

お客さまは全道にいます。稚内・函館・釧路・根室・帯広・北見・札幌・ニセコ・室蘭・苫小牧と。配送係も営業ができれば一石二鳥だよねということで、ドライバーには「セールスドライバー」という名称に変えて営業もあわせてやっています。わたしが入社した時と比べると、会社の売上でいうと2倍弱になりました。社員はグループ全体で300人くらいになっています。

 

―ドラッカーにはいつ出会いましたか?

伊藤 入社した時、会社から本を渡されました。ドラッカーの『プロフェッショナルの条件』でした。その次は『経営者の条件』。当時から社内で読書会をやっていたのです。加えて、ナレッジプラザの勉強会「旭川ビジネス塾」にも参加しました。

そういった中でドラッカーは、はじめはピンとこなかったのですが、ある日「成果のあがる5つの習慣」に取り組んでみようと思ったのです。当時、忙しいおもいはあったのですが、なにも結果を出していないことに気がついたからです。手帳をつかって何に時間を費やしているのか書き留めてみました。そうすると「あれっ、お客さんのところにあまり行っていないや」ということが見えてきました。移動ばっかりとか、資料つくったりとか(笑)。以来、今も時間の記録をとって見直す習慣を取り入れています。

 

インタビューに応じる伊藤さん

 

ドラッカーのことばを使ってみる

 

―自分の強みを理解し集中する?

伊藤 ドラッカーを読むまで、自分の強みなんて考えたこともなかったです。「振り返ってうまくできたことは何か」という問いを考えてみました。普通にできていることってなんだろうと。お客さまのところに行くのも好きだし、目標持ってやることも好きだし。ああ、こういうことが好きなんだなと。気づこうと思わなかったら、気がつきませんでした。

強みを活かすこともそうです。当初はなんでもやれる人がいいと思っていました。けれど、違うなと。自分ができることに集中しようと思いました。なので営業をメインにすることにしました。自分では営業が強いと思っていなかったのですが、なんとなく他の人より普通にできていたからです。もしかしたら得意だったのかなと気がつきました。

 

―その後は?

伊藤 2年前、Dサポート社が開催するドラッカー読書会の「ファシリテーター養成講座」に行ったことが大きな転換となりました。社長から「伊藤さん、こんな講座があるけど、どう?」と。参加費におどろきましたが、「いいよ」と。会社で費用を捻出していただき、参加することになりました。当時、社長自ら社内で読書会を開催していて、任せる人を探していたこともあったと思います。

養成講座では、体系的にドラッカーを学ぶことができました。納得できることがとても多い講座でした。実際にやってみると「本に書いてあるとおりだな」と思いました。

 

公園のベンチでも仕事をする伊藤常務

 

―仕事の本質が理解できた?

伊藤 自分がなんのために仕事をしているのか、ここがハッキリとわかったのです。お金を稼ぐという側面もありますが、仕事とは組織というものをつかって社会につながり貢献していくという本質が理解できたのです。自分の考え方が変わりました。会社の使命と自分の行動の方向がまっすぐ同じ向きになった瞬間でした。

そんなこともあり、今は、旭川市の読書会を担当しています。社内でも『プロフェッショナルの条件』本をつかって朝、読書会をやっています。留萌市でも読書会を開催している仲間がいるので月1回、応援に行く機会をいただいています。

 

―どの本が好きですか?

伊藤 『プロフェッショナルの条件』が好きです。いつも車に積んでいます。車での移動中、アポの時間が空く時に読んでいます。響いたところは「貢献を重視する」という部分です。「手元の仕事から顔をあげ、目標に目を向けなければならない」というフレーズ。目標を小さく設定していた自分がいたからでしょうか。仕事の幅を広げられた、枠をとっぱらえたきっかけになりました。それ以外にも、いろいろ好きです。

『マネジメント』を読んだ時は挫折しそうになりました。でも最近は一番使っているような気がします。16章「仕事と働くことと働く人たち」。17章「仕事を生産的なものにする〜仕事の分析とプロセスへの統合」。18章「仕事を生産的なものにする〜管理手段とツール」。このあたりをしょっちゅう読んでいます。マネージャーの仕事の中核が書いてある部分。好きなところを読んで、納得しています。

 

札幌の街中で伊藤正光さん

―今後の抱負は?

伊藤 今、一番の課題は、長期的には人を育てるということです。営業も工場も。これからじっくり取り組んでいこうと思っています。スタッフには仕事をしている意味について考えてもらいたいと思っています。自分がやっている仕事は組織を通じて社会貢献をしているんだよということを。読書会で使っている体系図を用いて説明しています。

ここが肚に落ちれば、わくわくしながら仕事ができるようになると思っています。時間はかかりますが、わかってもらえるように伝えていきたい。本当の意味での社会に貢献できる人材を育成して、会社も成長させていきたいと思っています。

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花岡 俊吾
1965(昭和40)年、北海道恵庭市生まれ。高崎経済大学卒業、(株)ピーアールセンターにて広告・マーケティング業務に従事。2007年独立、「北海道体験.com」のプロジェクトに参画。人口減少の道内経済に貢献すべく、北海道の新しい体験観光情報の発信をライフワークにする。カメラを片手に、年間100日以上をアウトドアフィールドで取材活動。新聞記事連載やWEBコンテンツ制作がメインの仕事。P.F.ドラッカーの読書会、札幌ビジネス塾に10年以上通い、上田惇生先生のサイン入り『経営者の条件』は家宝。著書に『アウトドア&感動体験ガイド北海道』(北海道新聞社)。休日はマラソンと登山に勤しむ。

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