人生100年時代の先人:続・絵で見るドラッカーの人生(魂よ永遠に)【2014年】(2006年〜)


続・絵で見るドラッカーの人生(魂よ永遠に)【2014年】

はじめに『ドラッカー 入門新版』

ドラッカー は何を見たのか。どこから来て、どこに向かおうとしていたのか。

生きて影響力を行使する論者は多い。没後、力を継承される者も少なくない。しかし生きながらにして歴史を書き、没してなお一人ひとりに新たな精神を吹き込み、視野を開き続ける者はほとんどいない。ドラッカーがその人であった。

ドラッカーは現代社会最高の哲人と呼ばれた。現在は21世紀以降の知のシンボルにして、世界の共通言語となっている。

没後10年にして、ようやくドラッカーを評価する諸に就いたと言えよう。世の関心もさることながら、今日では「マネジメントの父」を超え、世界観の書き手としての評価が確立されつつある。ドラッカー の目の先には、いまだ名づけられることのない宏大無辺の大地が横たわっている。

富士山を好んで画題とした横山大観は、「富士を描くには理想をもって描かなければならぬ」と述べた。観察者が見るのは、崇高にして神聖な精神である。見るものの背後に広がる見えざる世界である。

自然科学においてさえ、観察者の目は対象に理念を投影する。ロシアの化学者メンデレーエフは、元素の周期律を見出した。見えざる世界への繊細の精神による発見だった。

ドラッカーは95年の生涯で、歴史の転換を見た。日本はその一つだった。しかも全身全霊をもって観察した一つだった。自壊する旧文明の中心に生まれ、新世界アメリカで思索実践した彼が、なぜほぼ一生を通じて極東の小国に愛着を持ち続けたのか。

日本にドラッカー の学徒は多い。しかし、それ以前にドラッカー が熱烈な日本の学徒だった。

繊細の精神を最もよく生きるのが日本だった。明治維新の後の日本は、自らを西洋化することなく、西洋を日本化したとドラッカー は言った。日本は知覚の世界を合理化するのではなかった。合理の世界を知覚化してきた。

知覚は形態で見られる。物事の役を自認するドラッカーにとって、知覚の国・日本は師だった。『源氏物語』、白隠、明治維新、渋沢栄一が師だった。

20世紀は浪費された世紀だった。イデオロギーで世を分断し、支配し、殲滅する文明に、私たちは20世紀で十分過ぎるほどに懲りている。

文明の崩壊を決定づけたあの世界対戦から1世紀が過ぎた。私たちが20世紀から学びうることは、21世紀を20世紀と似た世紀にしてはならないということである。まともな世紀にしなければならないという一点である。

ドラッカーを読んだ者は自分のために書いてくれたと思う。だからドラッカー はそれぞれのドラッカー である。誰にも親身になって耳を傾け、語りかけてくれる。

しかもそれだけではすまない。ドラッカーは世のため人のために使ってほしい。21世紀以降の世界を最高のものとするために使ってほしい。それが本当のドラッカー の望みであろう。

そのときはじめて日本は、ドラッカー が望んだように、世界のモデルとなり雛形となりうるのだと思う。何一つ切り捨てることなく、ささやかな片隅に目を向ける繊細の精神が生きる日本を、ドラッカーは世界の「すでに起こった未来」と見た。

どのドラッカーの期待にこたえなければならない。

責任は現代を生きるわれわれにある。

2014年8月

上田 惇生

井坂 康志

『ドラッカー入門新版 』はじめにより

◆ドラッカー学会ホームページ

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五月女 圭司

『人生を変えるドラッカー』を読んで「人生は変えられるよ!」と、神さまの声が聞こえた57歳の会社員。己と向きあうには師匠がいる。私の師匠はドラッカー教授の「ことば」。この「ことば」が自らを成長させてくれます。私のミッションは「人」と「音楽」と「ドラッカー」をつないで笑顔あふれる街を創ること。 何によって覚えられたいか? 「いつも笑顔でチャレンジしている人」と覚えられたい!

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