前回、POP制作時に必要な5つの価値(画像1)が、ドラッカー教授(以下、ドラッカー)の言葉「事業とは、市場において知識という資源を経済価値に転換するプロセスである」『創造する経営者』と同期することに触れ、その中の「商品」「サービス」について開示しました。
今回、テーマの中核である3つの価値「ノウハウ」「人」「地域」について、引き続き事例とともに公開します。「商品」や「サービス」による差別化が困難な店舗や企業にとって、事業を取り巻く残りの3つの価値がより一層の起点となります。
(画像1)
〔3.ノウハウ価値〕
ノウハウのない店舗や企業は、商品が売れないことより危機的なことです。靴屋さんに靴のアドバイスを求めて返ってくる返事が「わかりません」では、買物する気持ちにはなれません。洋服屋さん、お酒屋さん、電気屋さんなどすべての業種にノウハウがあるからコミュニケーションが成立し消費者の要求にアドバイスできるのです。
外国であれば、パーティ会場で楽しく立ち話をしているときであってもノウハウを聞くと、後日請求書が届くほど価値があるものでプロとしての意識の高さがあります。ネット時代になり、今でこそ情報に価値があることは常識になりつつありますが、まだ経済価値に転換している店舗や企業は少ないです。情報の中でもそれぞれが時間をかけて構築したノウハウは、経済価値に転換できないことを危機的なことと考える意識が必要です。
前回の「商品価値」で提示した「生さんま」(画像2)と、ノウハウ訴求の場合の画像5を比較してみます。明らかに異なる部分は価格スペースの大小です。画像2は価格に自信があるため大きく訴求しています。決してこの訴求方法が悪いわけではありませんが、画像5を店内に掲示したことで価格だけを求めていたのではない消費者の購買行動が明らかになり、画像2が劣化してしまった実例です。
(画像5)
今ではかなり有名になった“さんまのお刺身”の食べ方です。POPにも描いてあるように薬味は“一味唐辛子”が美味しく、これまでの生姜やワサビではない新しい提案に消費者は欲求を刺激されます。
さらに後押ししたのが“根室の漁師さん”というワードです。消費者の意識の中に下記のイメージがあるからです。
☑香川県出身のうどん屋さんは美味しい
☑インド人が経営しているカレー屋さんは美味しい
☑中国人が調理している中華料理屋さんは美味しい
このようなイメージは下記にも当てはまります。
☑野菜の美味しい食べ方を知っているのは? → 農家さん
☑お酒の美味しい飲み方を知っているのは? → 杜氏さん
☑魚の美味しい食べ方を知っているのは? → 漁師さん
つまり、本場の人やその道のプロがおすすめすることに価値を感じるのです。
プロセスを図解に当てはめると下記のとおりです。
<知識>本場の人やその道のプロから教わった食べ方
↓
<プロセス>上記知識を付加価値に、価格を100円プラスしたPOP掲示
↓
<経済価値(顧客価値)>高価でも完売。さらに一味唐辛子も同時購入
消費者は商品そのものが欲しいわけではなく、商品に対してこのようなノウハウを使うことで自分の生活がどのように変化するのか、そこに期待しているのです。
ノウハウを起点とする顧客価値とは何かと考えると、下記のようになります。
◎顧客はライフスタイルが変わることや新しくなることを期待しています!
〔4.人的価値〕
消費者が関心を抱くものの中で一番と言えるのが「人」です。消費者は人(他人)の行為や行動が気になるのです。「人が人を呼ぶ」と聞いたことはないでしょうか。繁盛している店舗や企業には人の気配があるため、さらに人を呼び寄せるのです。逆に閑散としている店舗や企業には人が寄り付かず商売に苦戦します。人気のある商品、人気のある店舗や企業とは人の気配があるということです。人の気配を演出する3要素があります。(1)お客さま(2)取引先や生産者(3)社員など店舗や企業には働いている人がいます。これらの気配を活用することで「人が人を呼ぶ」機会をつくることが可能です。
消費者は共感できる店舗や企業を信頼します。売り手である店員さんの声よりも(1)お客さまの声に共感しやすいのです。それは買い手という同じ立場だからです。お客さまの声を収集することで人の気配を感じない店舗や企業であっても主導権を180度転換できます。例えば、ネットのレビューで購買を決心したことはありませんか?良いレビューは売り手の説明より効果大です。
ここで思い出してもらいたいことがあります。前述した「根室の漁師さん」というワードです。これは(2)取引先や生産者の声に当てはまります。お客さまの声同様、収集する仕組みは顧客価値を高める大切なプロセスとなります。
プロセスを図解に当てはめると下記のとおりです。
<知識>外部にある「お客さまの声」「取引先や生産者の声」を聞く
↓
<プロセス>上記知識を付加価値に、人の気配をPOPで演出
↓
<経済価値(顧客価値)>人の気配が人(消費者)を呼び込む
ここまでの流れで考えると、(3)社員など店舗や企業で働いている人の声は経済価値(顧客価値)を生まないと誤解を与えそうなので、それを解く必要があります。売り手の声であっても共感を得ることは可能です。その中でも最も感度の高いコンテンツとして画像6を開示します。それは「弱み」をオープンにすることです。本来隠したい面ですが、消費者に親近感を与える要素となります。店舗や企業が弱みを見せると消費者には優越感を提供できます。この感情はお互いの距離を縮めることにつながります。
(画像6)
プロセスを図解に当てはめると下記のとおりです。
<知識>店舗や企業の強みとなる弱み
↓
<プロセス>上記知識を付加価値に、消費者に優越感を与える仕組みづくり
↓
<経済価値(顧客価値)>即効的ではないが距離感が縮まり、消費者は悩みを打ち明けだす
消費者は売り手の“失敗談”に心をひらき始めます。逆に売り手の“成功、自慢話”には壁をつくります。
人を起点とする顧客価値とは何かと考えると、下記のようになります。
◎顧客は心をひらく店舗や企業に、自らのことを語りだします!
〔5.地域価値〕
成長している店舗や企業は商売を営んでいる地域を大切にしています。単なる地域との連携ではなく、奉仕する意識が高いのです。誰でも知っているようなグローバル企業であっても、地域に冷たい姿勢があると根幹を揺るがす問題が発生します。もう一方では、地域に愛され続けさらに後押しとなり、拡大していきます。
店舗や企業にとって地域という価値をどのように活かすかが課題となっているケースが多いようです。
しかし、そんなに難しいことではありません。地域の町内会や学校、地元のサークル、伝統行事など情報価値はいくらでも収集できます。地域に関心をもっていないとこのような情報価値には気がつかないでしょう。
(画像7)
画像7は、近隣中学校の行事です。母校を愛する気持ちがメッセージとなり、来店される消費者から好評なPOPです。これをキッカケに消費者と母校の話で盛り上がるようです。店舗や企業にとって“直接の成果”ではありませんが、店内や社内だけではなく消費者との“価値への取り組み”につながっています。
地域を愛し奉仕することで、逆に地域の人々から愛される店舗や企業になります。この可能性はすべての店舗や企業に機会があります。
『あらゆる組織が三つの領域における成果を必要とする。すなわち、直接の成果、価値への取り組み、人材の育成である。これらすべてにおいて成果をあげなければ、組織は腐りやがて死ぬ。したがって、この三つの領域における貢献をあらゆる仕事に組み込んでおかなければならない』 (経営者の条件 p81)
プロセスを図解に当てはめると下記のとおりです。
<知識>周辺にある地域のコンテンツ
↓
<プロセス>上記知識を付加価値に、シンボル的な存在感を醸成
↓
<経済価値(顧客価値)>地域の情報が入手できる場となる
地域と文化は切り離せない関係にあります。店舗や企業の周辺地域にはどのような文化があるのか?企業であれば社風、学校には校風、家庭には家風など世の中には多くの文化があります。お正月という年間行事を例としても、地域で受け継がれてきた食文化があります。地域の文化を起点に考えると、市場の広がりが見えてきます。前述した“直接の成果”にもつながることも皆無ではないのです。
地域を起点とする顧客価値とは何かと考えると、下記のようになります。
◎地域に関心を示せ!すると顧客は地域にとってその店舗や企業がとても大切だと気づきだします!
<まとめ>
5つの起点となる「商品、サービス、ノウハウ、人、地域」にある知識を、経済価値(顧客価値)に転換した事例を開示してきました。事業全体からみるとほんの小さな事例です。POPはリスクが少なく小さな実験ができるツールです。例えば、取扱商品の顧客価値とは何なのか?POPを作ることで理解できることがあります。そしてPOP制作時によく次のような質問を受けます。
「何を書いたら良いかわからない…」
価格以外のコンテンツ(情報内容)に悩む店舗や企業が多いのが現実です。つまり、経済価値(顧客価値)が見えていないことになります。自社で取り扱っている商品の価値を伝えられない課題を解決することは成果を上げる意思決定となります。
ドラッカー理論とPOPの相性の良いところが2回にわたり触れてきた価値転換プロセスに存在する“目線”というキーワードです。
知識:企業目線 → プロセス → 経済価値(顧客価値):顧客目線
POP的には、企業目線は“売る行為・動作”であり主導権は店舗や企業側です。しかし顧客目線は“買う行為・動作”であり、もちろん主導権は消費者側です。
前編、後編で開示した5つの価値を表現したPOPの数々は、企業目線を顧客目線に転換し経済価値(顧客価値)を高めた事例です。
前述した相性の良さとは、実はPOPというネーミングに深い秘密があります。次回その辺りから話を進めます。
これまでの連載



沼澤拓也

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