前編では、価値観の違いで異なるため、一括りに「合理的な購買行動(以下、合理的な購買)」と「不合理な購買行動(以下、不合理な購買)」を分類する難しさに触れてきました。
『顧客は合理的である。不合理であると考えるのは危険である』
『顧客の合理性に適応すること、あるいは顧客の合理性を変えようとすることが、メーカーや供給者の仕事である。そのためにはまず、顧客の合理性を理解しそれを尊重しなければならない』
(創造する経営者p122、123)
購買行動の起点となる“購買時点(POP)”に携わっている立場から人間の感情(心理)を考慮しない「合理的な購買」であることを説明しても消費者の反応(購買)に至らないことが増えている現状があります。
上記、ドラッカー教授(以下、ドラッカー)の言葉をもとに指標を設定することで現場(買場)での購買行動の一つ一つを分析し、「不合理な購買」に当てはまるのではないかという仮説を前編で設定してきました。
そこで、“顧客は常に合理的である”をPOPコンテンツの視点で引き続き分析していきます。「不合理な購買」に至る指標である「変調」と「同調」(前回公開)とともに残りの3つのメソッドを現場(買場)で起きている実例をもとにみていきましょう。
三つ目はPOP広告でも手法の一つとして活用する「アンカリング効果」です。最初にインプットされた情報や数値が「アンカー(錨)」となり、知らず知らずに消費者の心の働きをコントロールして購買決定に影響を与える効果のことです。
コントロールというと大袈裟に聞こえますが、画像の表現を見て頂くと多くの広告で活用している手法だとわります。「そうなんだ… 2割もいるんだ」と消費者は我が事のように感じます。特に睡眠に悩みのある消費者であれば、購買決定の確率を高めるような数値の「アンカー」となります。
薬事法や景品表示法などコンプライアンスの重視は当然ながら、自社の「アンカー」となる情報や数値をPOP広告で伝達する機会は大切です。
例えば「契約者の80%が〇〇を導入しています」「家を建てる人の平均年齢は○歳です」など、エビデンスが明確な情報はPOP広告の有効な素材です。「全社員がカラーコーディネーターの資格をもっています」などは、競合他社との差別化の「アンカー」となるでしょう。
(画像5)
<メソッド3>
消費者はこれまでにないユニークな「アンカー(錨)」に反応します。
四つ目のメソッドは「フォーカス効果」です。
商品やサービスなどの対象についての同じ内容の情報であっても、言葉の選択やアナウンスの違いなどフォーカスの仕方によって、消費者は真逆の行動をとったり、異なる判断をしてしまいます。
例えば、家電を購入する際、毎月の電気代も気になるものです。商品そのものの価格よりも、ランニングコストの方が出費と感じます。店員さんから「月々の電気代は3900円」と説明されると、購入を考えてしまう消費者は多いです。
それでは次のケースではどのように感じますか?「1日の電気代は130円」(画像6)となると、購入のハードルは下がったのではないでしょうか。
全く同じ内容を伝えているのに、言葉の選択で購買行動の意思決定が変化します。
このように1日少額の支払いという提示の仕方は「フォーカス効果」を狙った企業の「不合理な購買行動(以下、不合理な購買)」への働きかけなのです。
前述したドラッカーの言葉を振り返ってみましょう!
『顧客の合理性に適応すること、あるいは顧客の合理性を変えようとすることが、メーカーや供給者の仕事である。そのためにはまず、顧客の合理性を理解しそれを尊重しなければならない』
(創造する経営者p122、123)
企業の仕事は顧客の合理性を変えようとすることの実例として上記の「フォーカス効果」の説得力が高いように感じるのは私だけでしょうか?合理性を理解し、かつ尊重しているからこそ、企業は言葉の選択やアナウンスを重要なこととして購買行動(意思決定)のための表現に注力しています。
(画像6)
もう一つ、「フォーカス効果」の事例についてです。
飲食店のランチにハンバーグ定食を提供することにしましょう。価格設定はサービスメニュー「800円」とレギュラーメニュー「1200円」の2点です(画像7)このケースの消費者の購買行動はお察しのとおり「800円」のメニューの注文数が多くなります。飲食店としては、売上を上げるためにどうにかして「1200円」メニューの注文数を増やしたいわけですが、このままでは変化はありません。
レギュラーメニュー「1200円」の注文数を増やすために「フォーカス効果」を活用します。それはプレミアムメニュー「1600円」を新たに設定するのです(画像8)たったこれだけで「1200円」の注文数が増え、さらに「1600円」を注文する消費者が現れます。結果、これまでより「800円」の注文数は減り、全体の売上は高まるのです。
(画像7)
(画像8)
「合理的な購買行動(以下、合理的な購買)」をするのであれば、「800円」の注文数が増えるはずです。しかし、メニュー数を3点にすることで「1200円」が高まるのは、アナウンスの違い(メニューの見せ方)によるものです。
昔からある原理原則ですが、有効に活用している飲食店や企業はわずかです。購買行動に「合理的」や「不合理」が存在すること自体が理解しづらいことかもしれません。しかし、やむを得ないと言ってはいられない現実もあります。
<メソッド4>
フォーカスの「絞り方」しだいで、消費者は真逆の行動をとります。
五つ目のメソッドは「損のダメージ」です。
利益より損失の方が、最低でも2倍も重大に感じるのが人間の感情(心理)です。そのため「損のダメージ」を回避する判断をしてしまいます。
例えば、次のコピーはPOPでよく使うものです。A「今買うとお得」とB「今買わなきゃ損」のどちらに消費者は反応するでしょうか?答えはB「今買わなきゃ損」の方なのです。お得感で訴求するPOPや広告をよく見かけると思いますが、消費者心理から考えると「損のダメージ」の方を回避したいという行動を起こすことを押さえておきたいものです。
次の例の方がわかりやすいでしょうか。画像9の下段をご覧ください。左の「1週間3割引き」はまさにセールの常道です。右の「1週間後3割値上げ」と比べると損のダメージ効果を狙うのであれば、これまでのセールの表現方法に異論を唱えたくなります。多くの方が右のPOPに心を動かされる現実がそこにあるからです。
成績優秀なビジネスパーソンは「損のダメージ」を理解しているため、お得感をアピールすることとは別な知力で優位に立っているのです。スマホの通信料は「家族割りでお得」よりも「家族割りを使わないと損」と営業トークを練り直した方が契約者数は増加します。
(画像9)
「損のダメージ効果」も四つ目のメソッドである「フォーカス効果」と連動させることで、店舗や企業の発信力強化につながります。
「お得」を「損」という言葉に変換してビジネスシーンを考えた場合、消費者の判断が「不合理な購買」を受け入れる感情(心理)に作用します。
<メソッド5>
消費者は得より「損のダメージ」を避ける行動の癖があります。
〔まとめ〕
テーマにあるように「現代の消費者の不合理な購買行動から、進化するPOPコンテンツを公開します」から、前回と今回で5つの「不合理な購買」の実例メソッドを開示しました。
消費者(人間)は“強制”されると反発します。メーカーや供給者が意図する方向へ導くには“尊重”することが大切です。“強制”されたのではなく“尊重”されることで消費者は自由を感じ、メーカーや供給者はそのような演出やツールを駆使することで反発を回避できます。
消費者は比較的に「合理的な購買」を“強制”と感じます。買物の楽しさは自由であることだからです。そのため「不合理な購買」に自由である感情(心理)が働き、自分の購買に対して“尊重”されていると心地よさを憶えます。
心地よさはさらに「不合理な購買」を助長します。消費者の「不合理な購買」こそが経済の発展にとって必要なファクターなのかもしれません。
消費者自らの利益のための「合理的な購買」より、感情に左右される「不合理な購買」の場面が増加していることをPOPコンテンツを提供することで読み解けます。
これはあなた(消費者)の利益にはならないよとPOPで語りかけたとしても、消費者の感情は「不合理な購買」を選択する傾向にあります。
しかし、忘れてはいけない現実は、消費者は短期的には「不合理な購買」が増加していますが、長期的には「合理的な購買」であるということです。
これまでの連載
<第1回>事業とは価値転換プロセスである(前編)
<第2回>事業とは価値転換プロセスである(後編)
<3回目> 顧客はドリルではなく穴を欲している
<4回目> 顧客は常に合理的である(前編)

沼澤拓也

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