前々回は、消費者の反応の良いPOPコンテンツづくりのうちの一つとして「われわれの顧客は誰か」を明確にすることでした。
そして前回は、本という商品を主体に久住社長のPOP事例を教材に「顧客にとっての価値は何か」に焦点をあててきました。
引き続き、「顧客にとっての価値は何か」をPOPに生かすことについて触れていきます。
〔久住社長談(2013年〕
今度は「おいしいから野菜料理」です。自然食通信社というとても真面目な出版社でフェアを開催したいという申し出でした。営業担当が平積みで置いていきますが、全然売れません。本を開くと読む気がしない作りです。レシピも不親切で大雑把。しかし、料理の紹介数はかなりあります。これをどうやってアピールしようかなと考えたときに、そのままを伝えようと作りました(画像1)
(画像1)
この手描きPOPを付けたら5冊あったのがあっという間に売り切れました。それから恐る恐る毎回5冊ずつ発注しましたが、100冊以上は売れたのです。出版社がビックリして「何でそんなに売れるのですか?」というのでこの手描きPOPを提供しました。
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〔補足〕
制作している出版社が「何でそんなに売れるのですか?」との問いには、奇天烈な可笑しさがあります。本来、出版社側が書店側に「こうしたら売れますよ」と情報提供すべきところです。
価値らしい要素がない手描きPOPに一見思えますが、高度なキャッチコピースキルによってマイナスの価値を見える化しています。消費者の購買心理の刺激の仕方として「ギャップの法則」があります。マイナス面とプラス面の両方を提示することで価値が大きく増えたように感じるのです。
例えば、商品のプラス面の度合いを10だとします。プラス面だけを発信すると単純に価値は10になるとします。これをケース1として、次のケース2も価値は10だと感じるのが消費者なのです。
〔ケース2〕商品のプラス面の度合いが5。マイナス面の度合いが-5。
ケース2の場合、一般的にはプラス面の5を訴求ポイントして発信します。結果、ケース1と比較すると発信力で劣ります。
POP広告の範疇で考察すると、価値が全くない時点を「0(ゼロ)」とします。0(ゼロ)を起点として増減の幅が大きい商品が魅力的に感じます。プラスマイナス両面をいかに伝達できるかで訴求力がうまれます。
「良い本です。これ一冊で食生活がずい分変わります」のプラス面だけより、「カラーでもなくレシピも不親切」のマイナス面が増減の幅に与えるインパクトとなるのです。
〔久住社長談(2013年〕
最後の一冊は「死にゆく者からの言葉」(画像2)という文庫本です。著者は東京大学卒のシスターで臨死体験をしています。それ以後、心が弱っている人と通じ合えるようになったのです。いろいろな病院によばれて死が近づいている人の枕元で対話や会話をしたりします。死にゆく人たちとの触れ合いが紹介されている内容です。最近、老人性うつ病や死におびえる人が増えているようですが、その人たちのすべてにおすすめしています。死ぬことが恐くなくなったと喜んで頂いています。毎月30冊ずつ売っていると文藝春秋の文庫担当者から電話があり、なぜ毎月30冊もと驚かれます。年間で360冊を10年間続けていますから3千冊を超えていますので日本一この本を売っている書店ですねと担当者から言われます。POPをご覧ください(画像3)
(画像2)
(画像3)
「86頁」というのが決め手です。書店内でそのページを広げて本当に泣いている人がいるのです。〝日本で一番この本を売ったワケ〟は1枚のPOPだったということです。今は残念ながら売り切れています(笑)
ササァーッと3分くらいで描いてしまいます。これ1枚で3千冊です!POPの威力はすごいですね(画像4)今では出版社の方でこの手描きPOPを帯にしてアピールしています。
(画像4)
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〔まとめ〕
「顧客にとっての価値は何か」
この言葉をPOPで解釈すると「どんなメッセージをその人に伝えたいか」となります。おすすめしたい誰かを明確にしたうえで、考えることが重要ですと、前回触れました。
この本の対象者を久住社長は「最近、老人性うつ病や死におびえる人が増えているようですが、その人たちのすべてにおすすめしています」と明確にしています。そのうえで、「顧客にとっての価値は何か」をメッセージとして「特に86頁の『まんどろお月さま』は涙が止まりません」が動機を与え、手にとるという行動を起こした人にだけ価値が伝わるシカケを提供しているだけにすぎません。
前回、前々回と3回にわたり、下記のドラッカー教授の言葉にそって進めてきました。
『企業が売っていると考えているものを顧客が買っていることは稀である。(中略)顧客は満足を買っている。しかし誰も、顧客満足そのものを生産したり供給したりはできない。満足を得るための手段をつくって引き渡せるにすぎない』(創造する経営者 p118)
顧客が物理的な価値のある本を買いに来ていると考えている書店は淘汰され始めている現実から、精神的な価値、そして感情的な価値に変化しています。
手にとった本によって救われる顧客もいれば、怒りを覚える顧客もいます。喜怒哀楽という感情から価値を予測することで、その先に存在する顧客像が見えてきます。
お客さまは何を満たされたいのか?企業が提供する商品は顧客を①喜ばせるため②楽しませるため③哀しませるため(心が満たさせる悲哀と心が空になる悲哀)の手段なのか、それとも④怒らせるためのものなのかもしれません。
これらの視点で本(商品)を訴求することで「特に86頁の『まんどろお月さま』は涙が止まりません」の手描きPOPは③哀しませるため(心が満たされる悲哀)という感情を刺激し、共感を得るという成果を上げています。
この③の感情を求めていない顧客像には意味がないことを明確にすることが、「顧客にとっての価値は何か」を明確にできる方法の一つなのかもしれないことを久住社長の手描きPOPから理解できます。
前回、札幌市円山動物園の〝奇跡の階段〟をキッカケに、子供たち制作の手描きPOPによる久住書房の〝奇跡の階段〟が誕生した経緯をお伝えしました。
そのパワーの源となったPOPをご覧頂き、最後に下記のメッセージでまとめとします。
※子供からのメッセージ「POPの書き方をおしえてくれてありがとうございました」
※子供からのメッセージ「久住さんおいそがしいなか来てくださりありがとうございました。これからもがんばってください」
〔久住社長談(2013年〕
手描きPOPをキッカケに全国に飛び火してベストセラーなる本が出てきて、書店発のベストセラーが多くなっています。出版社もそれに注目していろいろな本を久住書房に送ってきます。読んだ感想を伝えてそれが本の帯になり宣伝に使用されます。出版社は書店のカリスマ店員を発掘しようとしています。このような取組みは手描きPOPを中心にして展開されています。
子どもたちにはただ面白いというだけでもなく、説明的なものでも良くないよと伝えています。そんなPOPは見てくれないよ。結構難しいことですが、これまでのような感想文とは全く違う本の読み方になりますし、それが面白いと感じる子供たちも増えています。読書の新しい方向性や考え方として教育委員会も注力しています。
これまでの連載
<第1回>事業とは価値転換プロセスである(前編)
<第2回>事業とは価値転換プロセスである(後編)
<3回目> 顧客はドリルではなく穴を欲している
<4回目> 顧客は常に合理的である(前編)
<5回目> 顧客は常に合理的である(後編)
<6回目> 顧客とは決定権をもつ者、拒否権をもつ者である(1)われわれの顧客は誰か
<7回目> 顧客は満足を買っている(2)顧客にとっての価値は何か(パート1)

沼澤拓也

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