西日本豪雨を乗り越えてー岡山の「実践するマネジメント読書会🄬」ファシリテーターが被災、会社再建の日々を語るー第3回


働く者に与える情報は、情報として有効なものでなければならない。タイムリーであって意味のあるものでなければならない。仕事に焦点を合わせたものでなければならない。そして何よりも自らが使うものでなければならない。情報とは、人によって管理されるためのものではなく、自らを管理するためのものである。

マネジメント(上)第21章 仕事への責任 フィードバック情報 より

 

フィードバック情報という言葉から私は「会議」を思い浮かべますが、皆さんはどうでしょうか。

 

私の会社には部長、次長、課長の管理職、係長、班長など役職があり、

それぞれの問題・課題はそれぞれの部署が会議を開催し調整、決定しています。

被災前は係長以上が出席する係長会議が月に1度ありました。一カ月何をやったか、何があったかを報告が主の会議が開催されていました。しかし、その会議はどこかよそよそしく、他人事のように感じる会議でもありました。

 

そもそも誰が誰に、何を、期待する会議だったのか定まっていないにも関わらず全体会議という名目で、とりあえず役職者全員を招集する・・・

「会議をするから集まれ」と上司から言われれば、参加せざるを得ない状況になりますし、主体性もなくなりますよね。

何の為に集めた会議なのか・・・

 

対して、被災直後の会議は(被災の状況は第1回で

一日の終わりに、役職、年齢関係ない4人が集まり、復旧復興についての情報共有を行ないました。

今まで、会議というと若干の嫌悪感(面倒くさい)があったのではないかと思いますが、毎日行いました。

 

毎日続いた要因は

①私が、毎日すると決めたから

②私がこの会議の内容を社員向けにLINE(ライン=無料通信アプリ)で発信していたから(会議をしないとLINEで発信できないことをメンバーは知っていたので、やらないわけにはいかず、協力してくれた)

③メンバーにとって必要な情報が提供されるから(どこの現場がどうなって次どうするか、が決まらなければ、判断の条件が揃わず仕事ができなかった)

 

ドラッカー教授の言葉にあるように、情報は人によって管理されるためのものではなく、自らを管理するためのものです。

この経験から私は、情報共有は道具であり、手段。目的ではないということを学びました。

だからこそ、情報はその人、そのチームが租借(そしゃく)できるサイズ感でなければならないし、相手が求めていないことを自分本位に強要しても上手くいかないことを改めて感じました。

私は参加者の仕事が進むための会議を行ない、参加者が参画する参加者による会議を実践していきます。

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