奇跡を生むドラッカー的出会いの連鎖 青森県瀬川智美子の巻 その1 ドラッカーと読書会に出会う編


はじめて「ドラッカー」という名前を知ったのは2014年3月23日。その日私は新幹線のまだ走っていなかった青函トンネルを津軽海峡線でくぐり抜け、函館にいました。2011年まで住んでいた札幌で、カラースクールに通っていた私。そのカラースクールを経営していたのは吉田麻子さんです。麻子さんはその頃、故郷である函館に移り住んでいました。

東日本大震災が起きた日の朝、私は青森市に引っ越してきました。札幌で学んできたカラーの勉強を続けたいと思っていましたが、震災後の世の中の混乱や新しい土地での暮らしなどに気持ちが向いていて「何かを学ぶ」という姿勢からしばらく遠ざかっていたと記憶しています。現在は必要と思えば全国どこにでも足を運ぶようになりましたが、振り返ると、学びを得るために県外へ出向くことを厭わなくなった始まりはこの日の出会いがきっかけであったように思います。

青森の瀬川、函館でドラッカーに出会う

私はその日函館で行われた「麻子塾」に参加。集まったメンバーの中に函館のドラッカリアン川島眞一さんがいらっしゃいました。三浦綾子さんの『氷点』を中心に色んな本の話をしましょう、という集まりで、自然な流れからドラッカーの本を使った読書会の話題に。

川島さんのお話しに引きこまれ、たちまち読書会に興味津々しんししんっ

*川島さんのお話*

私はドラッカーという名前は知っていたけれど本を読むのが嫌いだったので読んだことはなかったんですよ。ある日、佐藤等先生から「川島さん『経営者の条件』を読んだ方がいいですよ」と言われたのが私とドラッカーさんとの運命的な出会いです。それから読書会に参加するようになって…。みんなで読むと楽しくてね。懇親会でもドラッカーの話は尽きなくて、これがまた盛り上がるんですよ。読書会を通して共通の言語もできていますしね。そこで僕は気づいたわけですよ。「あ、僕は本を読むのが嫌いなわけじゃなかったんだ。嫌いなのはひとりで読むということで、みんなで読むのは好きなんだ」ってね。この年になって新しい自分を発見するなんて思ってもいなかったし、なんだかいろんなことが嬉しくてねぇ。それに、残念ながらドラッカーさんはすでにお亡くなりになっているのですが本を開けばいつだって会えるんですよね。自分の好きな時間に、自分の都合で、書いた人にいつでも会いに行ける。読書にはそういう喜びもあるんですよね。佐藤先生からすすめていただけてなかったら僕はあのまま一生「本嫌い」と思ってこういうことに気づけずに過ごしていたわけですからね。ホント、人生で誰と出会うかというのは大切なことですね。人と出会うと学びが生まれ、気づきもあって、その気づきが原動力となって次の行動につながるわけですからね、ありがたいことですよね。

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ニコニコ顔の川島さん。魅力的で楽しくていっぱい笑いました。心地の好い学びの刺激もいただきました。気分良く深夜のホテルのベッドに横たわっているときです。私の魂が叫びました。

「私もドラッカーさんに会いたーい! 川島さんたちの読書会の仲間に入れていただきたーい!」

一夜明け、青森へ帰る前に函館駅前にある百貨店5階の本屋さんに寄ると『経営者の条件』はあっさり見つかりました。。パラパラとめくった途端、一瞬だけ躊躇。

「む、む、難しそう」「読めるかな」

しかし次の瞬間、購入への迷いが一気に吹き飛びます。まえがき冒頭の三行が目に飛び込んできたからです。

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「普通のマネジメントの本は、人をマネジメントする方法について書いている。しかし本書は、成果をあげるために自らをマネジメントする方法について書いた。ほかの人間をマネジメントできるなどということは証明されていない。しかし、自らをマネジメントすることは常に可能である」『経営者の条件』まえがき

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「自分で自分をマネジメントできるようになれたら楽しそう~!」

青森の瀬川、函館で読書会に出会う

2014年3月24日の『経営者の条件』購入をきっかけに私の人生はドラッカー色に染まり出し出会いの連鎖が続くのです。3ヶ月後の6月24日函館読書会に初参加。2015年読書会青森の立ち上げ。2016年6月読書会ファシリテーター養成講座受講開始(熱海にて1泊2日の合宿形式で計4回)、10月読書会サミットin青森で実行委員長、11月読書会ファシリテーター認定(57号)、2017年ドラッカー学会主催ネクストソサエティフォーラム(早稲田大学国際会議場井深大記念ホールにて開催)司会担当、そして現在は2クール目の読書会青森でファシリテーターを務めさせていただいております。また、学びを通した青函交流のさらなる広がりを目指して函館メンバー・青森メンバーとともに互いの地域へと足を運びあう日々も重ねています。

あの日の川島さんとの運命的な出会いがなければドラッカーを知ることはなかったでしょう。そうなると今の私たちはありません。いえ、もとをたどれば川島さんと佐藤先生との出会いのおかげで・・・、もっともっとたどれば佐藤先生にもドラッカーさんをはじめて知った運命的な出会いの日はあったわけでして・・・。そんな「それぞれのドラッカー」のお話を聞くのが大好きです。聞いてみるとそこには数々の感動のドラマがあります。私はこれを独断で「奇跡を生むドラッカー的出会いの連鎖」と名付けました。

経営者でもない、お勤めもしていない、結婚はしているけれど家庭的なことは苦手、子どもはいないからPTAに関わることもない、町内会費は納めるだけで会合に出たこともない・・・およそ「組織」というものに対して無縁の人間に果たして「ドラッカー」は必要なのか? もし、私の脳みそがそんなふうに「理屈で考えるオリコウサン」タイプだったとしたらこの感動にふれることはなかったわけで。幸い私の脳みそは魂の叫びに素直に反応してくれる単純なタイプのようでして。よかったよかったおほほほほ。

私たちの「奇跡を生むドラッカー的出会いの連鎖」はまだまだ続きます。

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瀬川 智美子

(せがわとみこ)青森県十和田市出身、青森市在住。実践するマネジメント読書会青森・志喜彩塾青森を主宰、ときどきバスガイド。地元のバス会社で観光バスガイドを12年勤めたのち、夫の転勤に伴い仙台・名古屋・札幌で暮らす。それぞれの街で出会った学びと仲間たちのおかげで人間として成長できたという経験から「おとなになって学ぶこと」の楽しさに目覚める。人の成長に欠かせない継続的で上質な学びの場を(都心へ行かずとも)地方で受けられる環境を整えて、そこに集まってくださる方々に笑顔の花が咲くのを見るのが私のワクワク。フリーのガイドとして観光バスに乗る時は、ドラッカーのマネジメントをバスガイドの現場で実践する全国唯一(?)のドラッカリアンなバスガイド。

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