人生100年時代の先人:絵で見るドラッカーの人生【1937年】(1909〜2005年)


絵で見るドラッカーの人生【1937年】

ドリスとの結婚

ここで個人史に注目するならば、1937年にフランクフルト大学の後輩だったドリス・シュミットと結婚している。ドリスはケルン出身で、マインツを経て、フランクフルト大学の学生になっていた。国際法のゼミでドラッカーの後輩となり、その頃から2人の交流は潜在的には働いていた。

ドリスは、後に自らの半自伝『あなたにめぐり逢うまで』において、名門紙『フランクフルター・ゲネラル・アンツァイガー』に若いドラッカーが署名入りの記事を書いていることに驚きあきれた母親が、即座に購読を中止したというエピソードを記している。フランクフルト大学法学部の同じストラップ教授のゼミで出会ったのがドラッカーだった。

ロンドンはピカデリーの恐ろしく長いエスカレーターで何度もすれ違うという、劇的な再会をとげた後、1937年に結婚し、間に4人の子をもうけることになった。

新世界への脱出

イギリスでの生活は楽ではなかったものの、ドラッカーはウィーンに残した親族がおり、ヨーロッパ情勢の急変には心を痛めていた。ドリスと結婚した1937年にはナチスが完全にドイツを制圧し、その触手をヨーロッパ全土に伸ばしていく前夜だった。

そんな状況でもなお、故郷に残した両親はウィーンを出ようとしなかった。彼らもまた、「戦前」、すなわち第一次世界大戦前の帝国時代の人たちだった。だが、外国から見たウィーンがあまりにも危険なのは明らかだった。ナチズムの足音がすぐそばに迫っているのに、両親は現実の受容を拒否し続けていた。ウィーン市民の気質、あるいは「昨日の世界」の住人に特有の行動だった。とくに知識人や指導者には、過去にしがみつく性向が強く見られた。(中略)

首相に就任したザイス=インクヴォルト(オーストリアの政治家。独墺合邦(アンシュルス)においてオーストリア側で中心的な役割を果たした。1892〜1946)により、形式上はオーストリアが要請した形でナチス・ドイツに併合されたのが1938年3月11日だった。そのちょうど一年前の1937年3月、ドラッカーとドリスは、ヨーロッパでの生活に見切りをつけ、アメリカに渡る決意をした。その折、暫時ウィーンにも立ち寄っている。

文明の新境地・アメリカ(新天地の青空)

1937年、ドリスを伴いニューヨークに渡ったドラッカーは、新しい地平を見出した。陰惨なヨーロッパとは異質の世界がそこにはあった。ヨーロッパは、旧文明の残滓を引きずっていた。王侯や貴族、軍人が中心の社会だった。そんな生ける屍のような人たちがナチスを跋扈させていた。

アメリカは違った。

『傍観者の時代』では、ドラッカーが目にしたまばゆいばかりの自由の国アメリカが、みずみずしい筆到で描写されている。ドラッカーはアメリカで文明や社会のしがらみから解放された新天地の青空を礼讃した。

アメリカに渡って間もなく、ファシズムへの宣戦布告の書、処女作『「経済人」の終わり』の刊行を契機として、ヘンリー・ルース(『タイム』『ライフ』の創刊者。1898〜1967)をはじめとするメディア経営者やジャーナリストなどえの知遇を得て、じっくりと産業社会を観察する機会を手にした。 アメリカこそ新文明を先取りした「すでに起こった未来」とドラッカーは直感した。

それというのも、アメリカの中心はすでに企業だった。そこでは、身のまわりの生活用品から巨大な軍需品まで、あらゆる財とサービスが企業という名の組織によって生産され提供されていた。財とサービスといった物の豊かさは、物質的要因で生み出されたものではない。組織の運営という高度に人間的精神的要因によって生み出されるものだった。

同時に、あらゆる人間が組織のなかで、あるいは少なくとも、組織を通して働くようになっていた。人は社会の一員として、組織のなかで自らを実現していく形で社会性を手にしていた。そのような市民の誇り、心の豊かさも、つまるところ組織の運営という高度な精神的営為によっているのを間近に見た。

組織の運営が個々の内面的充足に寄与し、同時に社会につよさえ、豊かさを備給する。その組織の運営がマネジメントだった。したがってマネジメントのいかんが人の命運を左右する。そのような発想はやはりアメリカの地を踏んでからのことと考えてよい。マネジメントへの導火線に決定的なマッチが擦られた瞬間だった。

しかし、知人も友人もほとんどいないアメリカの地で、生活は楽ではなかった。その頃のドラッカーはイギリスへ記事をおくったり、アメリカの新聞雑誌に原稿を売り込んだり、全国を回ってヨーロッパ情勢を講演したりなど、旧世界と新世界のバイリンガルとして活動し、生活費を何とか手にしていた。『ドラッカー入門 新版』より

※この情報は『ドラッカー入門 新版』のp.281~の「ドラッカー年譜」をもとに制作しています。より深い背景の理解には同書をお薦めします。

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五月女 圭司

『人生を変えるドラッカー』を読んで「人生は変えられるよ!」と、神さまの声が聞こえた気がした55歳の会社員。己と向きあうには師匠がいる。私の師匠はドラッカー教授の「ことば」(お逢いしたことはありませんが…)。個人も組織も「地域貢献」が人生のテーマ。私のミッションは「人」と「ドラッカー」と「音楽」をつないで笑顔が絶えない社会を創るために日々まい進すること。

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