【プロジェクトX第3話「友の死を越えて」に登場した男たちはナレッジワーカーだった】~2014年3月から学びのために函館と青森を頻繁に往復して感じた彼らへ敬意


「まったく読めていない。この本、難しい。このまま参加して大丈夫だろうか・・・」

 

ドキドキしながら初めての読書会に参加したのはかれこれ4年以上前。函館のファシリテーター川島さんのおっしゃった次の言葉に救われました。

 

「ドラッカーさんの本を理解しようということにとらわれないでください。内容がわからないまま読書会に参加してくれて大丈夫です。私たちの読書会は、なにかひとつこれぞと思う言葉に出会っていただく場です。出会った言葉を道具として徹底的に使い、日々の暮らしの中で実践し、うまくいったこと、うまくいかなかったことを次の読書会の時に皆さんでシェアし合う。皆さんが成功や失敗を話してくださることによって集まった全員の知覚も広がります。回を重ねるごとに共通の言葉も増え、場も整っていきます。一人の経験が全員の経験となり、それによって皆さんが普段の暮らしで関わっている立場の違う人たちへの理解力も高まっていくことにつながるのです。ぜひ、読書会を通して道具として使えるドラッカーさんの言葉に出会ってください」

 

あの頃は読書会に参加するたびに皆さんのご発言やファシリテーター川島さんのコメントに1秒間に10回くらいの勢いでうなずいていたものです。

 

「なるほどー」「なるほどー」「なるほどー」の連発花火が心の中であがっている気分!!

 

何に対しての「なるほどー」なのかと申しますと、それまで生きてきた中で「うまくいったこと」「うまくいかなかったこと」というのはいろいろありまして。例えば「なぜあの時あの上司とうまくコミュニケーションがとれなかったのだろう」とか「あの時のあのチームでの活動はなぜうまくいかなかったのだろう」とか「あのチームでのあのイベントはなぜ成功できたのだろう」など、そういうことです。うまくいった現実、うまくいかなかった現実は数あれど、なぜそれらがうまくいったのか、はたまた、なぜうまくいかなかったのかということについてはわからずに、モヤモヤしたものがずっと心のどこかにあったわけです。長い間のそれらの疑問に対する答えが「なーんだ。ドラッカーさんの本のなかに書かれてあるじゃ~ん!」と発見できたことによる「なるほどー」であります。

 

読書会でマニュアルワーカー (肉体労働者) とナレッジワーカー (知識労働者) について学んでからは「働いている」方々を見る私の目が変わりました。

 

当時、青森と函館を往復する津軽海峡線の列車の窓からは、北海道新幹線開通に向けて働いている方の姿をよく見かけました。

 

窓の外に広がる世界は「われわれの仕事は新幹線が走ることによってもたらされるたくさんのひとの快適さや幸せの行き交う道をつくり橋を架けることなのだ」と、自分たちの仕事に誇りを持ち、日々のやるべきことに対し静かに向き合い真摯に取り組んでくださっている方々で成り立っているのかもしれない。そういう働き方をしている人たちは、たとえ体を使って炎天下で汗を流しながら働いているとしても肉体労働者ではない。彼らは知識労働者・・・尊敬すべきナレッジワーカーなのだ。いや、彼らだけではなくずっとずっと昔に「津軽海峡の下にトンネルを掘ろう」と思ってくださったナレッジワーカーの方々がいてくださって、その方々の志と貢献のリレーにより様々な苦難を乗り越えてきた先に今という現実があるわけで・・・。

今年は青函トンネル開通30周年。私たちの暮らしはこういった方々の絶え間ない働きによって支えられているのです。おかげさまです。ありがとうございます。作業員の皆さんの横を通り過ぎるたび、頭を下げずにはいられなかったことを今でもはっきりと覚えています。

 

こういうことに気が回り、優しい気持ちを味わえるようになれたのも、ドラッカーさんの本に出会えた嬉しい効果かな。

 

北海道新幹線開通から約2年半。粛々となすべきことを成し遂げてくださったであろうたくさんのナレッジワーカーの皆様のおかげで私たちは今日もまた快適に青森函館を往復できています。そしてこれからも。

 

学びを通した青函交流・・・よりいっそうの発展を目指して。

 

※記事内の「青函トンネル平面と断面」の写真秘話…コメント欄でお伝えしています^ ^

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瀬川 智美子

(せがわとみこ)青森県十和田市出身、青森市在住。実践するマネジメント読書会青森・志喜彩塾青森を主宰、ときどきバスガイド。地元のバス会社で観光バスガイドを12年勤めたのち、夫の転勤に伴い仙台・名古屋・札幌で暮らす。それぞれの街で出会った学びと仲間たちのおかげで人間として成長できたという経験から「おとなになって学ぶこと」の楽しさに目覚める。人の成長に欠かせない継続的で上質な学びの場を(都心へ行かずとも)地方で受けられる環境を整えて、そこに集まってくださる方々に笑顔の花が咲くのを見るのが私のワクワク。フリーのガイドとして観光バスに乗る時は、ドラッカーのマネジメントをバスガイドの現場で実践する全国唯一(?)のドラッカリアンなバスガイド。

“【プロジェクトX第3話「友の死を越えて」に登場した男たちはナレッジワーカーだった】~2014年3月から学びのために函館と青森を頻繁に往復して感じた彼らへ敬意”への5件のフィードバック

  1. 瀬川 智美子 より:

    記事を書いた瀬川智美子です。記事のなか…1枚目の写真は、恥ずかしがる佐藤等先生を説き伏せて使わせていただきました。なぜ佐藤先生が恥ずかしがるのか…なぜならこちら「青函トンネル平面と断面」は、佐藤等少年(当時11歳)の作品だからです! 青函トンネルをくぐり抜けるたび、ここで働いてきたたくさんの方々への想いを巡らせているという私の話を聞いた佐藤先生。少年時代に作ってご自宅においていたものを、お父様が小学校に寄贈された(佐藤先生は…「たぶん父が無理矢理置いてきたのではないか」とおっしゃっていましたが)という作品の存在を明かしてくださいました。

    「いやいやどうして…こんなに素晴らしい作品が展示されてあるという評判が広がれば、(広める張本人は私ですがね…えへへ)佐藤先生のファンたちが全国から見学のためにこぞって小学校に集まりだすことは避けられません。混乱回避のためにぜひ、私の記事にこの作品の写真を添えてください。先生、学校側へ迷惑をかけないためには、もはやその方法しかありません!」

    という私からの説得(きょうはく?)についうっかりOKを出しちゃった佐藤先生…作品の存在を私に知らせちゃったのが運のつき…と思っていらっしゃるかどうかはわかりませんが!?笑

    つたない記事を青函トンネルの全貌とロマン詰まった佐藤少年11歳の名作で箔をつけていただいた私は、青函トンネルよりも深い感謝の気持ちでありがたく、うれしい気分でウキウキです。

    佐藤先生はね…「穴を掘ってでも入りたいくらい」のお気持ちでいらっしゃるかも…しれませんががっ!

    (^.^) ウフフ

    佐藤先生、ご協力ありがとうございます!

  2. kawashima より:

    函館の川島です。
    瀬川さん、貴重な画像をありがとうございました。多少、脅迫(^_^;)してでも掲載した価値は絶大です。函館と青森、距離は近いのですが津軽海峡という海に阻まれ、往来には連絡船で4時間かかっていました。それが今では北海道新幹線で津軽海峡トンネルを通り1時間程度です。先人の偉大な功績に感謝ですね。
    「人には皆、大きな強みと弱みがある」偉大なる哲人であり、マネジマントの父、それぞれのドラッカーと表されるP・F・ドラッカーの言葉ですが、ドラッカー自身は小説家を目指したこともあり2冊出版されています。
    さしずめ、我らがFTのキャップである佐藤先生の今回の作品と相通じるモノが・・・。失礼いたしました。(^_^;)

    • 瀬川 智美子 より:

      川島さん、コメントありがとうございます! 多少というかそうとうの(笑)押しまくりでしたが、川島さんにも一緒に喜んでいただけて何よりです(*^^*) 先人たちの心意気のおかげでよりいっそう近くなった函館と青森。おかげさまでこうして川島さんにも出会えました。花を添えてくださった佐藤先生の勇気に乾杯ですね。佐藤先生は私に完敗…と思っていらっしゃるでしょうが。。。うふふ!

  3. 五月女 圭司 より:

    すごい!佐藤先生の作品に感動です!
    来月9月15日の青森読書会の翌日、青森から函館に向かうのでこの映像を思い浮かべながら乗車しますっ!!!

    • 瀬川 智美子 より:

      五月女さん、コメントありがとうございます! また、埼玉の五月女さんが青森の読書会に足を運んでくださると決めてくださったことも、ありがたく、幸せに思っています。佐藤先生の作品と先人たちの功績を思い浮かべながら青函トンネルをくぐり抜ける五月女さんのあたまには、どんなメロディーが流れるのかなっ(^○^)

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