絵で見るドラッカーの人生【1943年】
企業現場に分け入る
1942年に刊行された『産業人の未来』もまた高い評価を得た。後になって考えてみれば、アメリカ社会の観察結果から生まれた書物が、マネジメントの探索に至るドラッカーの人生をほぼ決定づけることになった。
『産業人の未来』は、企業を経済的な機関というよりも、政治的社会的な機関として捉えたところに特徴があった。そのことがこの書に一級の社会批判としての評価を与えた。
ただし、『産業人の未来』も、ある面ではヨーロッパ社会に半身を残した観察者ドラッカーが見た感触であって、その時点でではいかなる実証性も備えてはいなかった。ドラッカーの産業社会の概念の中心には大企業が社会的な機関となったとの認識があった。
そのためドラッカーとしては、企業内部に潜入し、よりミクロな視座での観察を経る必要があった。
しかし貿易商社の見習い、証券会社の見習い、大学の非常勤講師、新聞記者、論説委員、保険会社の証券アナリスト、マーチャントバンクのパートナー補佐の経験はあっても、大企業の仕事や企業経営にはまったく経営がなかった。
ドラッカーは企業の現場に分け入っていく決意を固めた。1943年から手当たり次第に企業に内部調査の依頼状を送付し、観察を許可してくれる企業を探した。
依頼先には組織、ガバナンス、手法、方針などの調査の要望がしたためられていた。しかし、成果は芳しいものではなかった。ほとんどは返事さえなかった。
『企業とは何か』
だが幸運は思いのほか早く訪れた。断念を覚悟しかけたとき、一本の電話が鳴る。ゼネラル・モーターズ(GM)の広報担当副社長ポール・ギャレットからだった。『産業人の未来』を読み、いたく感銘を受けたこと、そしてGMの組織構造と経営手法についての調査を許諾するものだった。
GMと言えば、当時にして世界を代表する大企業である。その経営にあたる人々は世の中から尊敬を集めていた。ドラッカーにとっては、依頼候補に入れるのさえはばかられる超一流企業だった。
しかも知るすべもなかったことながら、名経営者アルフレッド・スローンを筆頭とする首脳部は、調査にさほど乗り気ではなかった。財務担当副会長のドナルドソン(^^)ブラウンに押し切られる形で決まったことだった。ブラウンはドラッカーの第二作を感動とともに読了していた一人だった。そのためドラッカーによる調査はGMのためになるとの予感が彼にはあった。
ドラッカーにとっては自動車を製造する企業であったことも格別の意味を持った。アメリカ社会において、すでに自動車は必需品であるのみならず、社会階層を顕在化する商品でもあった。秩序と市民性の創造に関わる商品を提供する企業にあって、効率と社会性はいかに調和するのか、あるいは対立するのか。直に組織の中に入って目にしなければわからない。こうしてドラッカーは、千載一遇のチャンスを手にした。『ドラッカー入門 新版』より
※この情報は『ドラッカー入門 新版』のp.281~の「ドラッカー年譜」をもとに制作しています。より深い背景の理解には同書をお薦めします。


五月女 圭司
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