40歳からのワークライフシフト第3回「経済を超えて。これからの豊かさとは、何だろう?」


何年か後に振り返ったとき、2018年の夏は多くの人にとっての転機として記憶されるのかもしれない。先日も北海道で大きな地震があったばかりだが、「〇〇年に一度」という未曾有の災害が立て続いた。

 

筆者の友人も、何人もが被災した。とても大きな被害を受けた友人もいる。昨日までの「日常」が一夜にして失われ、これまでの人生とはまるで違うステージへとシフトせざるを得ない状況に直面した。

 

この夏を通して感じたことを一言で表現するならば、「文明の脆さ」だ。

 

われわれは経済発展によって先人たちが築き上げてきた「文明」という基盤の上に生かされている。しかしその基盤は、大自然の前ではあまりにも脆弱だ。

 

行動に文明化された都市では、その基盤がゆらいだ時、あっという間に機能不全に陥る。逆に田舎と呼ばれる地域では、文明を支える基盤が揺らいでも比較的対応能力が高い。

 

北海道の友人の言葉がとても印象的だった。

 

「電気がないだけで、農家さんに行けば食べ物はあるから」

 

もちろん冬ならこうは行かなかっただろうが、高度に文明化された都市にはない「しなやかさ」や「強さ」のようなものを感じた。

 

 

 

ドラッカーが1942年に書いた『産業人の未来』に、こんな一節がある。

 

来るべき産業社会においては、経済活動がいつまでも社会の中心領域であり続け、経済的目的が社会の中心的な目的であり続けることはないものと思われる。

 

経済的な成功を二義的な地位に移すことになるのは、まさに経済的な目的が最高の地位につけられていたこれまでの一五〇年間における経済的な成功そのものの力によってである。先進国ではすでに経済発展が経済的な豊かさを実現するところまでもってきた。したがって、もはやかつての商業社会のように、あらゆる社会生活を経済活動に従属させるべき理由はない。

(中略)

換言すれば、われわれはすでに、経済発展がいかなる場合においても当然のこととして最高の目的であるという信条を捨てている。しかし、経済的な成果を最高の価値とすることをやめ、それを数多くの価値の一つにすぎないものと見るようになるということは、つまるところ経済活動をあらゆる社会的活動の基盤として扱うことをやめるということである。

<P.F.ドラッカー『産業人の未来(1942年)』 より抜粋>

 

 

 

70年以上も昔の戦時中に、ドラッカーは「経済的目的が社会の中心的な目的であり続けることはない」と言っていた。

 

実際、一人ひとりの価値観はこの通りに変化しつつあるように思える。経済的な成功だけを「豊かさ」と捉える人は、少なくとも日本では少数派になってきた。

 

ところが企業は、グローバルな競争環境に置かれたことで、存続のためにますます「経済的目的」を中心に動かざるを得なくなっているように見える。

 

ひと昔まえ、街から商店が消え、大手スーパーやコンビニに取って替わられたような変化が、いま世界規模で起きている。この競争が一巡する数十年後、世界規模の競争に勝ち残った少数の企業が、われわれの生活のインフラを支えるようになる可能性は高い。

 

生き残った企業では仕事が高度に効率化され、そのお陰でわれわれが生きるために必要とする最低限の生活コストは下がるのかもしれない。

 

ただ、それだけではわれわれが望む「豊かさ」には、ほど遠いように思える。

 

「トッ〇バリューとセ〇ンプレミアムの2択からお選びください」という世界を、われわれは決して「豊かだ」とは感じない。

 

 

 

鍵となるのは「多様性」なのではないだろうか。

 

高度に文明化され、高度に効率化された社会がわれわれにもたらすのは、おそらくは「半分の豊かさ」「半分の幸せ」でしかない。

 

この世界は、もっと多様な「成果」を必要としているし、

われわれは、もっと多様な「豊かさ」を必要としている。

 

文明的な暮らしの基礎を支えるための経済的インフラとして、われわれはこれからも企業を必要とし続けるだろう。しかし、彼らが提供できるものは、所詮「半分の豊かさ」であることを、われわれはいい加減、理解する必要がある。

 

 

では、「欠けた残りの半分」は、何が担うのか?

 

ドラッカーは「非営利組織(NPO)」こそがこの役割を担うと考えていた。

 

誰もが自由に選べるコミュニティが必要となるなかで、NPOだけが、協会から専門分野別の集団、ホームレス支援から健康クラブにいたる多様なコミュニティを提供できるからである。

 

しかもNPOだけが、もう一つの都市社会のニーズ、すなわち市民性の回復を実現しうる唯一の機関だからである。

 

NPOだけが一人ひとりの人間に対し、ボランティアとして自らを律し、かつ世の中を変えていく機会を与えるからである。

(中略)

二一世紀において、われわれは、新たな人間環境としての都市社会にコミュニティをもたらすべきNPOの、爆発的な成長を必要としている。

<P.F.ドラッカー『ネクスト・ソサエティ(2002年)』 より抜粋>

 

 

 

3ステージの人生からマルチステージの人生へとシフトすることに伴って、われわれの働き方は大きく変わり、いくつものキャリアを経験するようになる。働き方の多様化が、社会に必要な多様性を供給する可能性は高い。

 

文明に依存するのではなく、文明を多様な選択肢のひとつと捉えること。

組織に依存するのではなく、組織という道具を人生の多様な選択肢のひとつと捉えること。

 

経済効率性だけを追求すれば、社会は画一化の方向に向かい、選択肢の数は減っていく。しかしこれでは、「半分の豊かさ」しか実現できない。

 

経済効率性は当然重視しつつも、われわれはあえて、真逆の「非効率」という要素を、この社会に、一人ひとりの人生に採り入れ、「効率」と「非効率」のバランスをマネジメントする必要がある。

 

「非効率」をあえて採り入れることによってもたらされる、「ゆとり」や「しなやかさ」のような豊かさを織り込んでいくこと。

 

われわれが次に向かうのは、そのような多様な豊かさを包含した社会なのではないだろうか。それこそが、われわれが次に創るべき文明の姿ではないだろうか。

 

 

 

<今日の問い>

「非生産的」「非効率的」かもしれないけれど、

それを増やすことで人生をもっと豊かに感じられる

「時間」や「行動」は、どのようなものですか?

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鹿島晋

鹿島晋

ドラッカーのマネジメントをベースに「目を輝かせながら明日のことを話す」企業を増やすコンサルタント。ネット通販業界では18カ月間で売り上げ120倍を達成した実績を持ち、現在は中小企業の経営企画アドバイザーとして活動する。 読書会ファシリテーターとしては、関東・中国地方を中心に130回以上の読書会を開催(2018年4月現在)。実践するドラッカー講座では実践ナビゲーターも担当する。 サキュオ・コンサルティング株式会社 代表取締役。一般社団法人はぐ・くむ 代表理事。1978年 横浜市生まれ。

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