人生100年時代の先人:絵で見るドラッカーの人生【1973年】(1909〜2005年)


絵で見るドラッカーの人生【1973年】

フレームとスキル

マネジメントの実行にはさまざまなスキルや技術が必要となる。『マネジメント』では具体的な記述も出てくるが、まずはスキルよりもマネジメントのフレームワークを知っておくことである。

スキルは身につけようと思えば容易に身につく。しかし、なぜ身につける必要があるのか、その根本を理解せずしてスキルだけ身につけたところで空疎である。マネジメントの目的と役割、成り立ちを理解できているかによって、企業経営の質が変わってくる。

フレームを知らずしてスキルに習熟することは危険である。世に害をなし、自らに害をなす。

マネジメントには、すでに述べたように三本の柱がある。第一は、それぞれの組織に特有の社会的機能をまっとうすることである。事業を通じて社会に貢献することである。第二は、組織に関わりを持つ人たちが生き生きと生産的に働き、生産的な仕事を通じて自己実現できるようにすることである。第三は、社会的責任を果たすことである。その一つが、世の中に悪い影響を与えないことである。自らの存在と活動のゆえに世の中に与えるインパクトをなくすことである。もう一つ、自らの得意技をもって世の中に貢献することである。

これら三本柱からなるフレームは理念的な性質を持つ。悪くすると言うだけで終わってしまう。だから、これら理念的な考え方を現実に落とし込み、具体化する工夫が不可欠となる。そこから先がスキルとなる。

ドラッカーは企業がよい経営を行なっているかどうかに関わるいくつかの尺度を用意していた。尺度とは最も実用的なアプローチである。

一本の木が健康に成長しているかを見るにも無数の評価軸がある。幹や枝葉の色つや、根の生え具合、害虫がついていないかなど、いくらでもある。そのなかから、企業についての代表的尺度としてドラッカーは七つを考えた。

第一にマーケティング、第二にイノベーション、第三に生産性、第四に人材、第五に物的資源、第六に資金、第七に社会的責任である。これら七つの尺度は理想的な経営を知るうえでの基準であるとともに、達成すべき目標でもある。

捨象できるものはない

ドラッカーがマネジメントにたどりついたのには、時代的な要請に加えて、ドラッカー自身の内的な必然性があった。マネジメントには、陰惨なヨーロッパから一転してアメリカの新文明を曇りなき眼で捉えたドラッカーの率直な驚きや期待が溶かし込まれている。

もちろんマネジメント自体は、一つの首尾一貫した構造を持ち、ドラッカーによる思考様式や時代認識を具現化したものとなっている。しかし、いかなる思想的なフレームワークも、一定の方法論に落とし込まない限り、現実世界での有用性を獲得することはない。

ドラッカーが次に行なったのは、マネジメントを道具として活用可能にする工夫だった。世間ではそのような方法の知識を「ハウツー」と呼ぶ。現代のように、ハウツーに関する知識が百花繚乱の時代にあっては、ともすれば軽く見られる傾向がないわけではない。確かに、世のハウツーは、概してそう見られてもしかたのない側面を持つ。書店に行くと「一時間でわかる」といった安手のビジネス書があまりに多い。

ドラッカーのマネジメントに、ハウツーの要素が多分にあるのは間違いのない事実である。だが、世に流通するハウツー本とは明確に一線を画する。

単なるハウツー化とは、言い換えれば概念化シンボル化であって、重要なもののみを示し、そうでないものを捨象する。時に、耳ざわりがいいばかりのコンセプトをすくい上げ、その他の要因を乱暴に切り捨てる安易な姿勢に結びつく。

そのような方法は「捨象できるものなど存在しない」というドラッカーの世界観に矛盾する。『ドラッカー入門 新版』より

※この情報は『ドラッカー入門 新版』p.281~の「ドラッカー年譜」をもとに制作しています。より深い背景の理解には同書をお薦めします。
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五月女 圭司

『人生を変えるドラッカー』を読んで「人生は変えられるよ!」と、神さまの声が聞こえた57歳の会社員。己と向きあうには師匠がいる。私の師匠はドラッカー教授の「ことば」。この「ことば」が自らを成長させてくれます。私のミッションは「人」と「音楽」と「ドラッカー」をつないで笑顔あふれる街を創ること。 何によって覚えられたいか? 「いつも笑顔でチャレンジしている人」と覚えられたい!

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