人生100年時代の先人:絵で見るドラッカーの人生【1976年】(1909〜2005年)


絵で見るドラッカーの人生【1976年】

年金基金社会主義

「社会主義は労働者による生産手段の所有と定義できる。これは最も伝統的な定義であるとともに唯一の厳格な定義でもある。このように定義すれば、米国こそ史上初の社会主義国家だ」

ドラッカーが1976年に出版した『見えざる革命』はこんな刺激的な内容の文章で始まる。カール・マルクスの夢は世界最大の資本主義国家である米国で実現したというのだ。しかも社会主義革命によってではない。最も革命家らしからぬ人物、ウィルソンによってである。

ウィルソンの指導の下でGMが新たしい年金制度の創設を決めたのが1950年。この制度の骨格はずっと前に出来上がっていたらしい。それは、第二次世界大戦中に、ドラッカーが彼と次のような会話をしていたことからもうかがえる。

「年金基金の投資先はどこにするのですか?」

「国債ではなく米国の自由経済そのものに投資する。つまり米国企業の株式に幅広く投資する」

「それでは数十年のうちに労働者が米国企業の所有者になるのでは?」

「それでいい。でなければ米国企業を所有できるのは米国政府だけになってしまう」

すでにこの時、ドラッカーもウィルソンも年金基金が上場企業の大株主になり、大きな影響力を振るう時代を想定していたわけだ。言うまでもなく、年金基金に積み立てられている資金は労働者のもの。年金基金による企業の所有は労働者による企業の所有と同じであり、『見えざる革命』の中でドラッカーはこれを「年金基金社会主義」と呼んだ。

GMの年金基金が誕生すると、一年足らずのうちにGM式の年金基金が新たに八千基金も発足したうえ、既存の年金基金もこぞってGM式へ移行したという。瞬く間に「年金基金社会主義」の土台が築かれたのだ。

ところが『見えざる革命』は出版当初、ドラッカーが得意とするマネジメント本ではなかったことなどから、世間ではあまり注目を集めなかった。ドラッカーは「時期尚早だった。二十年後に題名を『年金基金革命』へ変えて出版すると、今度はベストセラーになったけれどもね」と語る。

現在の米国では「年金基金社会主義」を意識している。巨大年金が投資先企業に圧力をかけ、経営トップをすげ替えるようなことが日常茶飯事だからだ。年金は企業統治(コーポレートガバナンス)の主役になったと言われており、ドラッカーはそれを第二次世界大戦中に予見していたことになる。『ドラッカー20世紀を生きて(私の履歴書)』より

※この情報は『ドラッカー入門 新版』p.281~の「ドラッカー年譜」をもとに制作しています。より深い背景の理解には同書をお薦めします。

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五月女 圭司

『人生を変えるドラッカー』を読んで「人生は変えられるよ!」と、神さまの声が聞こえた57歳の会社員。己と向きあうには師匠がいる。私の師匠はドラッカー教授の「ことば」。この「ことば」が自らを成長させてくれます。私のミッションは「人」と「音楽」と「ドラッカー」をつないで笑顔あふれる街を創ること。 何によって覚えられたいか? 「いつも笑顔でチャレンジしている人」と覚えられたい!

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