絵で見るで見るドラッカーの人生【1989年】
「最高の書き手」のすごみは冒頭の一文に現れる
本書の冒頭は、次のような一文から始まります。
「平坦な大地にも、上り下りする峠がある。そのほとんどは、たんなる地形の変形であって、気候や言葉や生活様式が変わることはない。しかし、そうではない峠がある。本当の境界がある。とくに高くなるわけでもなく、目もひくわけでもない。たとえばブレンネル峠はアルプスで最も低く最も穏かだが、古くより地中海文化と北欧文化を分けてきた」
これを読むたび、ドラッカーはすばらしい書き手だと感心するのです。ドラッカーはいつも導入部分に人の心をグッとつかむ、すごい文章をもってくる。かなりのエネルギーを注いでいに違いありません。
さらに、この四年後に発表した『ポスト資本主義社会』の冒頭を見てみましょう。
「西洋の歴史では、数百年に一度際立った転換が起こる。世界は歴史の境界を変える。社会は数十年をかけて次の新しい時代に備える。世界観を変え、価値観を変える。社会構造を変え、政治構造を変える。技術と芸術を変え、機関を変える。やがて50年後には新しい世界が生まれる」
これもまた、なんとも読者を惹きつける書き出しではないでしょうか。
面白いのは、これだけ冒頭にこだわりをもって取り組んでいるにもかかわらず、どの本でも最後の20ページくらいは、かなりの駆け足で終わってしまうこと。締めくくりに大事なことを述べていることが多いため、いつもそれが気になっていました。しかし、一度原稿を仕上げたら、書き直すことは絶対にしないのです。
そう、ドラッカーはとてもせっかち。講演活動やコンサルティングに向かうときはいつも、フライトの数時間前にはさっと家を出て、空港でゆっくり過ごしていました。ちなみに、奥様のドリスさんはギリギリまで家にいるタイプ。もしかすると、そんな正反対の二人だからこそ、70年の長きにわたって仲睦まじく暮らせたのでしょう。
もちろん、書き出しのみならず、心をつかむフレーズはあちこちにあります。たとえば、
「唯一の正しい答えはない」という指摘。社会があまりに複雑になった昨今、あらゆる問題に適用する唯一の正しい答えなどないといいます。
「答えは複数ある。だが、そのうちから、かなり正しいと言えるものさえ一つもない」
この言葉は、意思決定をする人なら誰どもグッと刺さるのではないでしょうか。
また、自らが与える影響について責任をもつべきことに関して、古代ローマの戒め、野獣の原則をもちいて警鐘を鳴らしています。
「ライオンが檻から出れば、責任は飼い主にある。不注意によって檻が開いたか、地震で鍵が外れたかは関係ない。ライオンが凶暴であることは避けられない」
多元化した社会の中では、どの組織も他に影響を与えてしまうことは避けられません。しかしそれらの影響については、自らに責任があるというのです。なんと厳しい見方でしょうか。
ドラッカーの著作は、ソ連崩壊、アフガン、自治領、高齢化、バブルと、常に時代を先取りしすぎていて、翻訳している時点では想像することさえ難しく、いつも苦労させられました。しかし、それを補って余りある魅力に満ちていました。『P.F.ドラッカー完全ブックガイド』より
※この情報は『ドラッカー入門 新版』p.281~の「ドラッカー年譜」をもとに制作しています。より深い背景の理解には同書をお薦めします。
五月女 圭司
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