本書は月刊経営誌「日経トップリーダー」の連載「実録・ドラッカーに学ぶ経営」などを編集したもの。2016年に出版された『ドラッカーを読んだら会社が変わった!』(日経BP社)の続編に相当する一冊だ。
著者の佐藤等(さとう・ひとし)さんは公認会計士。ドラッカー学会の理事でもある。編集協力の清水祥行(しみず・よしゆき)さんは中小企業診断士。佐藤さんと二人三脚で「実践するドラッカー講座」という研修の講師を行う一方で、受講後の企業を訪問し、その実践事例の収集に努めている。
ドラッカー教授とは
ドラッカー教授。いわずと知れたマネジメントの大家だ。1909年、オーストリア・ウィーン生まれ。商社・証券会社・新聞社の経済記者をしながら大学講師を務める。その専門領域は多方面にわたり、政治・行政・経済・経営・歴史・哲学・文学・美術・教育・自己実現など、現代社会を読み解く最高の哲人と称される。
処女作『「経済人」の終わり』(1939年)からはじまり、『現代の経営』といった経営三部作といわれる指南書を上梓。1974年、800ページを超えるドラッカーのマネジメント論の集大成ともいえる『マネジメント』を出版。いわゆるマネジメントの概念と手法を生み出し、体系化し、世に披露した。以降、『乱気流時代の経営』(1980年)、『明日を支配するもの』(1999年)、『ネクスト・ソサエティ』(2002年)といった世界的にブームを巻き起こす著作を数々と発表。各国のビジネス界に大きな影響を与え続けてきた。
生涯にわたってドラッカー教授は、大学で教える一方、コンサルタントとして企業や団体にアドバイスをし、数々の論文や著作を出してきた。2006年、米・クレアモントの自宅にて95歳でその生涯を閉じた。
序文には故・上田惇生先生のことば
ドラッカー教授の著作のほとんどを翻訳し、日本で発足したドラッカー学会の元代表が、故・上田惇生先生。上田先生は、ドラッカー教授から「日本における私の分身」とまでいわしめた人でもある。
その上田先生が本書の序文にメッセージを寄せている。「あなたの会社のやっている仕事は、ワクワクドキドキするものばかりか?」。「ワクワクドキドキしてやっている事業以外は、すべてやめたらどうだろう」と。これは、ドラッカー教授が米ゼネラル・エレクトリック(GE)社の元会長、ジャック・ウェルチ氏にかけたことばだそうだ。経営は理屈や数字ではなく、熱意を持ってやれるかどうかだということ。
上田先生は、「世の中には『美しい会社』と『酷い会社』があると思うのです」と告白する。本書に収められた会社の物語は、どれも美しい物語。どんなに小さな会社の実践でも美しいと感じるならば大いに学べるとして、本書にエールを送っている。
組織づくりが主要テーマ
本書のテーマは「組織づくり」だ。今の世の中、たいていの人は会社や団体といった何らかの組織に属して働いている。ひとりで成果をあげる人は少数だろう。フリーランスとして働くわたしも、ひとりでは完結しない。案件ごとにチームで仕事を進める。その意味において、ほとんどの人にとって組織で成果をあげることは必須の能力となっている。
著者の佐藤さんはドラッカー教授のことばを引いて、「組織は道具である」という。組織とは、わたしたちが幸せを手にするために発明された手段であり、つまりは道具であると。時々、耳にする「会社に使われている」といった表現は、自動車に使われている人がいないように、おかしな表現だと指摘する。会社という道具は私たち一人ひとりが使うものであり、使われるものではない。
その意味においては、組織を使って成果をあげる方法論「マネジメント」は、現代における教養(リベラルアーツ)だと位置づけられ、組織社会に生きるすべての人が学び活用すべきものだと筆者は説く。
組織の目的とは何か
ここでドラッカー教授がいう組織の目的を確認しておこう。
1)組織は社会において特定の使命を果たす
2)組織はそこで働く一人ひとりの強みを生かし、成長の機会を提供する
3)組織は新しい社会課題を解決する
組織の最大の目的は、社会に成果をもたらすこと。具体的には、顧客にプラスの変化をもたらすことである。それゆえに、経営者(=リーダー)は皆に使命を語りつづける必要がある。もしこれを怠り、売上げや利益の話ばかりをしていると、さまざまな弊害や障害にぶつかるという。
加えて、社会で必要とされているのは、本当は組織ではなく「事業」だということ。その事業は時代や環境の変化によって陳腐化することが宿命ゆえ、事業の不断の更新は欠かせない。更新のためには、事業を見える化しておく。そのための問いを佐藤さんは12個にまとめあげて提示する。
1)われわれの組織のミッション(使命)は何か
2)われわれの組織の強みは何か
3)われわれの組織で共有している価値観は何か
4)われわれの事業は何か
5)われわれの事業の顧客は誰か
6)その顧客にとっての価値は何か
7)われわれの事業にとっての成果は何か
8)われわれの事業は何になるのか
9)われわれの組織で廃棄すべきものは何か
10)われわれの事業に影響を与える変化は何か
11)われわれの組織の強みを生かせる機会は何か
12)われわれの事業は何であるべきか
中小企業の成長物語
本書で紹介されている「美しい会社」の物語は、次の8社の悪戦苦闘の記録だ。
・北海道宝島旅行社(北海道)
・NES(佐賀県)
・八幡自動車商会(山形県)
・三州製菓(埼玉県)
・共生社(兵庫県)
・都田建設(静岡県)
・柊みみはなのどクリニック(愛知県)
・東急百貨店本店(東京都)
・キリンビール高知支店(高知県)
どこも、一部の例外をのぞいては、各地で奮闘する中小企業。業種もさまざま。異業種だからこその学びがある。
物語1 リーダーシップとは人ではなく、使命(ミッション)によって組織をリードすることである
物語2 使命をはじめとした複数の道具を用いて組織を方向づける
物語3 利益の最大化ではなく、使命実現のために「必要な利益」として方向づける
物語4 卓越性(強み)と市場を特定し、そこに集中して事業を行う
物語5 事業は知識で専門化し、市場や製品で多角化する。もしくはその逆で、市場で専門化し、知識で多角化する
物語6 事業は常に顧客が求める価値から考える
物語7 モチベーションは自己決定と自己評価によってもたらせる
物語8 イノベーションは強みを基盤として行う
物語9 組織を通して自分の強みを生かし、貢献することで自己実現を成し遂げる
物語10 経営者やマネージャーには真摯さは欠かせない
物語11 組織の過去の活動から真の強みを見つけ、徹底的に磨き活用する。
物語12 コミュニケーションはどうやって伝えるかではなく、組織の目的など何を伝えるかが大切
物語13 優れた組織の文化はリーダーシップの源泉である
以上、13の物語の中から、われわれが学べることは非常に多い。
物語から学べること
以下はわたしが個人的に響いたことば。列記しておきたい。
・顧客の価値を憶測しようとしてはならない。常に顧客のところへ行って答えを求めること
・経営には2つの側面がある。1つは自分たちの「ありたい姿」を明らかにする「思い」。もう1つは思いの実現度合いを定量的に測る「数字」。この2つのバランスをとることが大切
・重要なことは、いかになすべき仕事を見つけ、いかに資源を活動を集中するかである
・エンジンの内部洗浄において受注が全国1位といった「ニッチなトップ社員」を発掘し称える
・多角化の本質は、自社の強みを深めることにある
・ニッチな市場でトップを狙う。そのためには有効な事業区分を見つける
・ニッチでもトップに立てる事業を複数持てば、経営は安定する
顧客に聞いてみると
物語の中で、お客さんに「なんでウチの商品を買ってくれたのですか?」と、実際の顧客に聞くシーンが出てくる。その答えに驚く。
学習塾では「志望校合格ではなく、がんばる我が子の姿を見たいから」と。
一戸建て住宅では「なんとなくかなあ、あえて言うなら会社の雰囲気、人っていうか…」と。
ビールでは「みんながおいしいと言うから。今、売れていると聞いたから」。
ほんとうか!と目からウロコだ。製品やサービスの品質で買われているわけではないことに驚く。やはり、お客さんに実際に聞いてみなければわからないし、始まらないのだ。
原理原則とはどういうものか
著者の佐藤さんは最後のページ「まとめ」の中にこう記している。「原理原則とは、それに従っているとうまくいくとは限らないが、それに反していると必ず失敗するという性質をもっています」と。「ドラッカー教授のマネジメントは原理原則が多く含まれていて、原理と原則のマネジメントと呼んでもよいでしょう」。
先日亡くなった野球界の名将のことばを思い出す。「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」。
自社の経営ノートに
この本には、実はもうひとつ大きな特徴が組み込まれている。それは39ページにもわたって、本にメモできるスペースが用意されていることだ。ひとつの物語を読んだ後、浮かんだアイデアなどを書き留めておけるよう配慮されている。そこには適切な「問いかけ」メッセージがあり、その答えを書く余白がふんだんにとられている。
本書は単なる経営本に終わらず、自分のアイデアメモが書き込まれた「自社の経営ノート」になるように工夫されているのだ。
美しい会社の仲間入りに
ぜひ、ドラッカーの金言ともいうべく言霊にふれ、その実践例として企業の成長ストーリーに学び、自分ごととして応用させてほしい。
著者らが厳選した13の物語、一つひとつをじっくりと読み込んで自社で実践してみる。そうすれば、やがて「美しい会社」の仲間入りができるにちがいない。
ふせんがいっぱい貼られて、書き込みメモでいっぱいになった本書を手にした経営者・マネージャーこそが、次の美しい会社をつくれるのだと思う。
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