佐藤 等(さとう ひとし)
佐藤等公認会計士事務所所長、公認会計士・税理士、ドラッカー学会理事。1961年函館生まれ。主催するナレッジプラザの研究会としてドラッカーの「読書会」を北海道と東京で開催中。著作に『実践するドラッカー [事業編]』(ダイヤモンド社)をはじめとする実践するドラッカーシリーズがある。
清水 祥行(しみず よしゆき)
1968年、兵庫県西宮市生まれ。同志社大学卒。
Dサポート株式会社代表取締役、ナレッジプラザ・ドラッカー読書会認定ファシリテータ、一般財団法人しつもん財団認定ビジネス質問家、
経済産業省登録中小企業診断士(平成8年登録)。
楽天大学にて「もし楽天店舗さんがドラッカーのマネジメント論を学んだら」講師を務める。
「真摯さ」は、“マネジメントの父”ことピーター・F・ドラッカーの思想体系の中核を成す重要なキーワードである。ドラッカーのいう真摯さには「仕事上の真摯さ」と「人間としての真摯さ」がある。これら2つの真摯さを兼ね備えていなければ、組織は破壊される。
真摯さはごまかせない。ともに働く者とくに部下は、上司が真摯であるかどうかは数週でわかる。無能、無知、頼りなさ、態度の悪さには寛大かもしれない。だが、真摯さの欠如は許さない。そのような者を選ぶ者を許さない。このことは、とくにトップについていえる。組織の精神はトップから生まれるからである。組織が偉大たりうるのは、トップが偉大だからである。組織が腐るのはトップが腐るからである。「木は梢(こずえ)から枯れる」との言葉どおりである。
『マネジメント』より
なぜ真摯さが重要なのか?マネジメントにはリーダーシップが不可欠だからである。「マネジメントとリーダーシップは別」と考える人もいるが、それは誤りだ。ミッション(使命)に組織を方向づけるためにマネジメントがある。そしてマネジメントを行うには、働く人たちの模範となる“真摯な存在”が必要だ。
真摯さを絶対視して、はじめてマネジメントの真剣さが示される。それはまず人事に表れる。リーダーシップが発揮されるのは真摯さによってである。範となるのも真摯さによってである。
ドラッカー『マネジメント』より
親であり教師であれと、ドラッカーは説く。「その者の下で息子を働かせたいか」と問う。部下の人生に関わる存在であれということだ。真摯さのない者をマネジャーにすれば、部下の成長を阻害し、やがて人と組織を破壊する。
『ドラッカー教授 組織づくりの原理原則』(著:佐藤等/編:清水祥行)
以下では、ドラッカーが生涯を通して繰り返し何度も「真摯さ」を強調する理由に迫りながら、どのように解釈したほうが適切なのかについて、引用を交えながら解説していく。
目次
一般的な「真摯さ」の意味は「誠実さ」
ドラッカーは数々の著作の中で「integrity(インテグリティ)」という言葉を使っている。翻訳者の上田 惇生 (うえだ あつお)氏はintegrityを「真摯(しんし)さ」と訳した。
それではまず、一般的に「真摯さ(integrity)」はどんな意味を持つのかを確認してみよう。
「integrity」の一般的な意味
the quality of being honest and having strong moral principles
引用:Oxford Learner’s Dictionaries
英語において「integrity」とは「誠実であること/強い道徳規範を備えることの資質」とされている。文脈が変わろうとも、意味が大きく変化することはないようなので、基本的にはこの理解で大丈夫だろう。
「真摯」の一般的な意味
まじめで熱心なこと。また、そのさま。
引用:goo国語辞書
日本語において「真摯」は「批判を真摯に受け止める」「真摯な気持ちで接客する」といったような使い方をされる。「まじめで熱心」を「誠実」と解しても特に問題はないだろう。
さてそれでは、この真摯という言葉は、ドラッカーの文脈に照らし合わせて考えると、どんなふうに解釈できるのだろうか。
ドラッカーの「真摯さ」とは「仕事上の真摯さ」と「人間としての真摯さ」の2つの意味がある
結論からいうと、ドラッカーが説く「真摯さ」には2つの側面がある。それは「仕事上の真摯さ」と「人間としての真摯さ」である。この2つを満たすことで、はじめて社会に意義のある仕事ができる。ドラッカーはそう考えたのであった。
①仕事上の真摯さ
ドラッカーは『プロフェッショナルの条件』(2000年)で、「私の人生を変えた七つの経験」について語った。それらの体験は、ドラッカーの思想体系のルーツとなった。
七つの経験の中には、物事を成し遂げるうえで「真摯さ」が重要であると気付いたエピソードがある。ドラッカーが20代の頃のエピソードである。
当時ドラッカーは、19世紀イタリアの作曲家ヴェルディの作品『ファルスタッフ』に感銘を受けていた。80歳になっても「最高傑作は次の作品だ」と言えるヴェルディの若々しいチャレンジ精神と、「失敗し続けるに違いなくとも完全を求めていこう」とする気概は、青年ドラッカーの人生観に大きな影響を及ぼしたのだった。
「真摯さ」を学んだのは、そんなときだった。
ちょうどそのころ、まさにその完全とは何かを教えてくれる一つの物語を読んだ。ギリシャの彫刻家フェイディアスの話だった。紀元前440年ころ、彼はアテネのパルテノンの屋根に建つ彫像群を完成させた。それらは今日でも西洋最高の彫刻とされている。だが彫像の完成後、フェイディアスの請求書に対し、アテネの会計官は支払いを拒んだ。「彫像の背中は見えない。誰にも見えない部分まで彫って、請求してくるとは何ごとか」と言った。それに対して、フェイディアスは次のように答えた。「そんなことはない。神々が見ている」。この話を読んだのは、ちょうど『ファルスタッフ』を聴いたあとだった。ここでも心を打たれた。
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 100
……成果をあげ続ける人は、フェイディアスと同じ仕事観をもっている。つまり神々が見ているという考え方である。彼らは、流すような仕事はしたがらない。仕事において真摯さを重視する。ということは、誇りをもち、完全を求めるということである。
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 108
古代ギリシャの彫刻家フェイディアスは、彫刻家として仕事をするうえで、妥協をしなかった。正面から見えない背中の部分であっても、「神々が見ている」と考え、徹底して彫り抜いた。
ドラッカーがフェイディアスから学んだのは、まさに仕事に対する“誠実さ”すなわち「仕事上の真摯さ」だった。
だが注意しなければならないのは、「仕事上の真摯さ」だけでは、組織のマネジメントは成しえないということである。たとえ仕事に誠実な者でも、部下や顧客に対する真摯さを欠いているものは、チームのマネジャーにしてはならない。さもなければ組織は破滅する。ドラッカーはそう戒めるのであった。
②人間としての真摯さ
仕事上の真摯さを持つだけでは、人を導き、成長を促すリーダーとはなれない。ようするに「仕事“だけ”はできる」者は、人の上に立つことはできないのだ。その理由についてドラッカーは次のように言う。
部下、特に仕事のできる野心的な若い部下は力強い上司をまねる。したがって、力強くはあっても腐ったエグゼクティブほどほかの者を腐らせる者はいない。そのような者は自らの仕事では成果をあげることができるかもしれない。ほかの人に影響のない地位に置くならば害はないかもしれない。しかし影響のある地位に置くならば破壊的である。(中略)人間性と真摯さは、それ自体では何事もなしえない。しかしそれらがなければ、ほかのあらゆるものを破壊する。したがって、人間性と真摯さに関わる欠陥は、単に仕事上の能力や強みに対する制約であるにとどまらず、それ自体が人を失格にするという唯一の弱みである。
『経営者の条件』より
真摯さを絶対視して、はじめてマネジメントの真剣さが示される。それはまず人事に表れる。リーダーシップが発揮されるのは真摯さによってである。範となるのも真摯さによってである。
『マネジメント』より
人間としての真摯さとは何か? 人間としての真摯さを知るには、「真摯さを欠くマネジャー」の条件を理解するのが近道である。マネジャーとは、組織やチームをマネジメントする者のことである。ドラッカー真摯さを欠くマネジャーの条件を次のように整理した。
- 強みよりも弱みに目を向ける者
- 何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心をもつ者
- 真摯さよりも頭のよさを重視する者
- 部下に脅威を感じる者
- 自らの仕事に高い基準を設定しない者
- 実践家ではなく評論家である者
もう一つ、「人間としての真摯さ」を理解するヒントがある。それはドラッカーが説く「リーダーシップ」論である。
- 真のリーダーは、言動に一貫性がある
- 真のリーダーは、組織の使命に矛盾がないように意思決定をする
- 真のリーダーは、責任は常に自分にあると理解している
- 真のリーダーは、部下を恐れない
- 真のリーダーは、優秀な部下を自らの誇りとする
- 真のリーダーは、自分が去った後に組織が崩壊することを恥とする
もし上記のリーダーの要件に該当しない場合は、「真摯さ」を欠いているということができる。
真摯さは上司としての資質に必要なもの
以上のことをふまえて整理すると、真摯さとは、上司として必要な資質である。
たとえば上司が部下の弱みばかり指摘するとしよう。そんなことをされると誰だって気が滅入るものだ。部下の自己肯定感はさがり、やがて主体性をなくしていく。ましてや部下を退職に追い込むようなことは、あってはならない。
できることよりもできないことに目を向ける者は、上司としての真摯さに欠けるとして、ドラッカーは厳しく指摘した。
真摯さを定義することは難しい。しかし真摯さの欠如は、マネジメントの地位にあることを不適とするほどに重大である。人の強みよりも弱みに目がいく者をマネジメントの地位につけてはならない。人のできることに目の向かない者は組織の精神を損なう。
『マネジメント』より
ドラッカーは、組織は働く人の強みを活かすことで成果が出ると説く。
弱みを克服するのではなく、強みを伸ばすことで、個人の能力を最大限に引き出し、組織全体の成果を高めることができる。弱みを克服しようとするのは、足が遅い人が、早く走る練習をするようなものだ。
弱みからは何も生まれない。結果を生むには利用できるかぎりの強み、すなわち同僚の強み、上司の強み、自らの強みを動員しなければならない。強みこそが機会である。強みを生かすことは組織に特有の機能である。
『経営者の条件』より
だからドラッカー教授は、上司が「弱みに焦点を合わせることは、無責任である」とさえ言った。上司は、部下の強みを最大限に生かす責任がある。強みを活かすことは、個人の成長だけでなく、組織全体の活性化にもつながるからだ。
真摯さは後天的に習得できない資質?
真摯さは誰でも学び・身につけることができるのだろうか?
真摯さの習得に関して、ドラッカーは重要な結論に達している。すなわち、真摯さは「後天的に獲得することができない資質」である、と。
つまり真摯さは、学んで身につけることはできないのだ。ある意味で身もふたもない結論である。
真摯さは資質である――多くの企業をコンサルティングしてきたドラッカーだからこそ、その意味は深刻である。“身もふたもない”と一笑に付すには、あまりに深刻な命題である。
「真摯さ」は習得できるものではないというドラッカーの結論には、“どこまでいっても人間本性は変わらない”、“人は変えることができない”という諦念を見てとることもできる。
事実、ドラッカーは“成長の責任は本人自身にある”と繰り返し主張してきた。組織にできるのは、人が自己成長できる環境づくりであって、成長の手伝いではない。おそらくドラッカーは、「真摯さ」を教えこめばマネジャーの条件を満たせると考えてはならないと警告しているのだろう。
「仕事ができる」と「真摯さ」は関係ない
ドラッカーは「真摯さ」を2つの側面から定義した。妥協しない真面目さを表した「仕事上の真摯さ」と、道徳的に優れた考え方と実行力を表した「人間としての真摯さ」である。
「真摯さ」から、わたしたちは何を学び取ることができるだろうか。
ひとつ言えるのは、単純に”仕事ができる”を理由に昇進させてはならないということである。これは人手が足りないベンチャー企業や、巨大化しすぎて人事すらもルーチンワーク化してしまっている大企業が、しばしば犯しがちなタブーである。
真摯さを定義することは難しい。しかし真摯さの欠如は、マネジメントの地位にあることを不適とするほどに重大である。人の強みよりも弱みに目がいく者をマネジメントの地位につけてはならない。人のできることに目の向かない者は組織の精神を損なう。マネジメントに携わる者は現実家でなければならない。評論家であってはならない。
何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心をもつ者をマネジメントの地位につけてはならない。誰が正しいかを気にすると、部下は無難な道をとる。おかした間違いを正すよりも隠そうとする。
真摯さよりも頭のよさを重視する者をマネジメントの地位につけてはならない。有能な部下に脅威を感じる者もマネジメントの地位につけてはならない。そして、自らの仕事に高い基準を設定しない者をマネジメントの地位につけてはならない。
(『ドラッカー365の金言』)
仕事ができるということと、人のマネジメントができるということは、まったく別の領域である。同一に語ってはならないのだ。
さいごに
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インタビュイー:佐藤等
アウル税理士法人代表、公認会計士・税理士、NPO法人ドラッカー学会共同代表理事。1961年函館生まれ。主催するナレッジプラザの研究会として「実践するマネジメント読書会」の創設者。『実践するドラッカー [思考編]』(ダイヤモンド社)をはじめとする実践するドラッカーシリーズ計5冊は20万部を超えるロングセラー。ほかに『ドラッカーを読んだら会社が変わった』『ドラッカー教授 組織づくりの原理原則』(日経BP社)、『ドラッカーに学ぶ人間学』(致知出版社)がある。
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