佐藤 等(さとう ひとし)
佐藤等公認会計士事務所所長、公認会計士・税理士、ドラッカー学会理事。1961年函館生まれ。主催するナレッジプラザの研究会としてドラッカーの「読書会」を北海道と東京で開催中。著作に『実践するドラッカー [事業編]』(ダイヤモンド社)をはじめとする実践するドラッカーシリーズがある。
清水 祥行(しみず よしゆき)
1968年、兵庫県西宮市うまれ。同志社大学卒。
Dサポート株式会社代表取締役、ナレッジプラザ・ドラッカー読書会認定ファシリテータ、一般財団法人しつもん財団認定ビジネス質問家、
経済産業省登録中小企業診断士(平成8年登録)。
楽天大学にて「もし楽天店舗さんがドラッカーのマネジメント論を学んだら」講師を務める。
『プロフェッショナルの条件』(原題:THE ESSENTIAL DRUCKER ON INDIVIDUALS: TO PERFORM, TO CONTRIBUTE AND TO ACHIEVE)とは、2000年に刊行された、マネジメントの父ことピーター・F・ドラッカーの著作である。
『プロフェッショナルの条件』は、「知識」が中心となる現代社会において、成果をあげる組織(あるいは個人)と、時代の変化に取り残されて沈んでいく組織(あるいは個人)との違いを克明にし、マネジメント能力を身につけるための習慣について記した書物である。
・この現代では「知識」を使って「成果」を上げる者(知識労働者)が「プロフェッショナル」である
・知識をいかに効果的に使うかが、現代を生き残るカギである
・経営者であろうと役職者であろうと、はたまた一般従業員であろうと、知識を使って労働する限りみなプロフェッショナルでなければならない
・知識労働者は他者と協力しなければ強みを発揮できない
・「組織」は知識労働者たちが強みを発揮するための仕組みを作らなければならない
・自分の弱みは誰かの強みで帳消しになる
・プロフェッショナルになるための条件は「貢献を考えて行動する」「自分の強みを知り活かす」「限られた時間をコントロールする」「もっとも重要なことを見出して集中する」「正しい価値観をもって意思決定する勇気を持つ」
・貢献を考えない者は組織を破滅へと導く
・常に世の中のことに関心を持ち、絶えず変化を求めよ
・組織は変化を求めなければ陳腐化する
・時間が貴重な資源であることを自覚せよ
・満場一致の意見ほど恐ろしいものはない
・意思決定とは「勇気」に他ならない
など……
ドラッカーが没したのは2005年であるから、2000年刊行の『プロフェッショナルの条件』はまさに晩年の集大成。原題に「THE ESSENTIAL DRUCKER」(ドラッカーの真髄)とあるように、『プロフェッショナルの条件』には、“マネジメントの父”と称されたドラッカーのものの見方・考え方の本質が詰まっている。
『プロフェッショナルの条件』を読めば、「けっきょくドラッカーはどんなことを考えていた人物だったのか」「なぜ世界中の経営者から尊敬されているのか」といった理由を知ることができるはずだ。成果をあげるための金言が凝縮された一冊であり、本書がドラッカーの入門として最良の書といわれるゆえんである。「たくさんあるドラッカーの著作で何を読んだらいいのかわからない」という方にもぜひ読んでほしい。
ところで『プロフェッショナルの条件』が発表された背景には、興味深いいきさつがある。実は『プロフェッショナルの条件』は、ドラッカーが日本に対する「返礼」として書いたものなのだ。
「まさに本書は、大恩ある日本と日本の友人、クライアント、教え子たちへの返礼である。なぜならば、私に対し、そして世界に対し、1860年代から70年代、1950年代から60年代という二度の転換を通じ、いかにして激動を好機とし、苦難を絆に結びつけるかを示してくれたものこそ、他ならぬ日本だったからである」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. iii
渋沢栄一を敬愛し、日本の水墨画をこよなく愛したドラッカー。亡くなる直前は「明治維新」に関する論考を執筆していたという。
今回は、そんな日本とも大変ゆかりのあるドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を、できるかぎりわかりやすくまとめた。経営者や起業家はもちろん、組織のマネジメントを行っている役員や管理職の方は、ぜひ本記事を読んで、少しでも何かを掴みとっていただければ幸いである。
Dラボではドラッカーを実践的に学ぶ読書会を運営している。「ドラッカーの解説を講師に聞いてみたい」「どんなふうに活用するのかアドバイスがほしい」「ドラッカーを通じて仲間づくりがしたい」という方はぜひ一度、参加無料の読書会体験に参加してみてほしい。当読書会は、ドラッカー学会の理事である佐藤 等 氏が創設した学びの場である。
目次
『プロフェッショナルの条件』はどんな人におすすめか?
一流の書物は、時代を経ても色あせることはない。むしろ、社会の大きな変化を経験したり、人類の新たな難題と直面したりしたときこそ、いっそう輝きを放つ。ドラッカーが読み継がれるのは、いつどんな時代の人間が読んでも「新しい」と思える驚きと発見があるからだ。
「AIが台頭して自分の仕事はなくなってしまうのではないかと将来を悲観している」
「いまのビジネスがこれからも生き残っていけるのか不安」
「これからの時代に向けて「仕事」の意義や本質を問い直したい」
「世の中の変化が早すぎてついていけるか不安」
こういった方は、ぜひ『プロフェッショナルの条件』を読んでほしい。ドラッカーの思考は、どんな時代でも通用する普遍的な“原理原則”である。波風にも動じない信念を胸の内に宿すことができるはずだ。
『プロフェッショナルの条件』を理解するのに役立つ重要キーワード4つ
以下では『プロフェッショナルの条件』を理解する上で重要となる用語をいくつか解説する。
①企業の目的
ドラッカーは企業の目的を「金儲け」とは考えなかった。企業は社会の一部であるから、企業は事業を通じて社会に貢献しなければならない。ドラッカーの著作を読むときは「企業は社会貢献するための機関」と理解しておこう。
「企業をはじめとするあらゆる組織が社会の機関である。組織が存在するのは、組織それ自体のためではない。社会的な目的を実現し、社会、コミュニティ、個人のニーズを満たすためである。組織は目的ではなく手段である。したがって問題は、その組織は何かではない。その組織は何をすべきか、あげるべき成果は何かである」
ドラッカー『マネジメント』より
②成果
「成果」(results)とは、組織が特定の活動を通じて社会(≒顧客)に「貢献」することをいう。
「企業は事業に優れているだけでは、その存在を正当化されない。社会の存在として優れていなければならない」
ドラッカー『マネジメント』より
「事業を決めるものは世の中への貢献である。貢献以外のものは成果ではない」
同上
よくある間違いが「成果=お金」という考え方である。「成果=お金」はむしろドラッカーの考えとは真逆の解釈であり、間違った認識のまま読み進めると、『プロフェッショナルの条件』だけでなく他の著作もすべて間違って理解してしまう恐れがある。
③マネジメント
「マネジメント」とは、組織を通じて社会貢献するための、ものの見方・考え方である。別の言い方をすれば、「成果を出すために既存の知識を有効に使うための知識」のこと。仕事の「成果」に責任を持つ限り、マネジメントは経営者から従業員まですべて意味を持つ知識である。
マネジメントの核心は「人」である。“社会に生きる人間としてどうあるべきか”が、組織のあり方を決める。ドラッカーがしばしば「真摯さ(Integrity)」の重要性を強調するのはこのためである。
④知識労働
知識労働とは「知識」(knowledge)を使って働くことをいう。ドラッカーに言わせれば、学校教育を通じて知識を得られるようになった20世紀以降すべての現代人が、等しく知識労働者となる。仕事の成果を出すために知識を使う者はみな、立派な知識労働者なのである。
『プロフェッショナルの条件』の構成
まずは『プロフェッショナルの条件』を俯瞰してみよう。目次を一度頭に入れておくと、話の流れ・全体を見通しながら読み進めることができる。
- Part1. いま世界に何が起こっているか
- 1章:ポスト資本主義社会への転換
- 2章:新しい社会の主役は誰か
- Part2. 働くことの意味が変わった
- 1章:生産性をいかにして高めるか
- 2章:なぜ成果があがらないのか
- 3章:貢献を重視する
- Part3. 自らをマネジメントする
- 1章:私の人生を変えた七つの経験
- 2章:自らの強みを知る
- 3章:時間を管理する
- 4章:もっと重要なことに集中せよ
- Part4. 意思決定のための基礎知識
- 1章:意思決定の秘訣
- 2章:優れたコミュニケーションとは何か
- 3章:情報と組織
- 4章:仕事としてのリーダーシップ
- 5章:人の強みを生かす
- 6章:イノベーションの原理と方法
- Part5. 自己実現への挑戦
- 1章:人生をマネジメントする
- 2章:“教育ある人間”が社会をつくる
- 3章:何によって憶えられたいか
- 付章. eコマースが意味するもの――IT革命の先に何があるか
『プロフェッショナルの条件』のわかりやすい要約
いよいよ以下では、『プロフェッショナルの条件』の内容を要約していく。順番は本書の構成通りである。上から順に読み進めてもらうのがベストであるが、ざっと見て気になるところから読んでも問題はない。各章それぞれにドラッカーの重要な記述を引用しているため、そこだけを見ても十分に気付きや発見があるだろう。
Part1. いま世界に何が起こっているか
1章:ポスト資本主義社会への転換
- 「ポスト資本主義社会」とは「知識」を基盤とする組織が社会の中心となる世界のこと
- つまり一般知識ではなく、高度な専門知識が企業の競争力を決定する
- 知識を使って価値を創造する「知識労働者」が、明日の企業の行方を決める
「知識が単なるいくつかの資源のうちの一つではなく、資源の中核になったという事実によって、われわれの社会はポスト資本主義社会となる。この事実は社会の構造を根本から変える。新しい社会の力学を生み出し、新しい経済の力学を生む。そして新しい政治を生む。」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 27
- 知識労働者は、知識と知識を掛け合わせて、新しい価値を創造していく
- したがってポスト資本主義社会を生き抜くためにはどのようにして知識を知識に適用して成果を生み出すかという新しい知識が必要となる
- この新しい知識(方法・思考)が「マネジメント」である
2章:新しい社会の主役は誰か
- ポスト資本主義社会は「知識労働者による組織」が中心の社会➡「組織社会」
- 現代の組織は上司・部下の官僚制組織ではなく、共通の使命のために活動する「チーム」である
- 組織は今後、有能な知識労働者をめぐって激しい獲得競争をすることになるだろう
- 組織社会の課題は「安定を求めるコミュニティ」と「変化を求める組織」の対立
- 対立は避けられない。だがそれでも組織は絶えず変化を求めなければならない。さもなければ陳腐化し、あっという間に魅力のない組織になってしまう
「組織は、製品、サービス、プロセス、技能、人間関係、社会関係、さらには組織自らについてさえ、確立されたもの、習慣化されたもの、馴染みのもの、心地よいものを体系的に廃棄する仕組みをもたなければならない。」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 32
- 組織が持つべき「変化のための仕組み」に必要な3要素
絶えざる改善 | 数年ごとに、あらゆるプロセス、製品、手続き、方針について見直す。 |
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知識の開発 | すでに成功しているものに知識を適用して新しい価値を生む。 |
イノベーションの方法を学ぶ | イノベーションのためにどうすればよいのかを学び、イノベーションが起こる組織づくりをする。 |
- コミュニティと対立したときは組織の「使命」を優先せよ。組織はコミュニティに根を下ろすことはできても、コミュニティの一部になれない。必要ならば市場から撤退し、次なる貢献を果たすフィールドへ向かうべきである
- 経済的な利益を上げることだけが企業の責任ではない。組織は常に社会的責任が問われる。それはすなわち、社会が抱えている問題に寄与するという責任である
Part2. 働くことの意味が変わった
1章:生産性をいかにして高めるか
- 「成果」を観点にすると知識労働は3種類ある
「質」を問う成果 | 研究所の仕事や外科手術など、量よりも質が重要な知識労働 |
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「質と量」を問う成果 | 保険営業マンや会計事務など、質の他に量が問われる知識労働 |
「量」を問う成果 | ホテルのベッドメイキングや家具製造など、定められた規定量を成果とする作業労働 |
- 知識労働の生産性は「より賢く働く」ことでしか向上しない
- 現代の知識労働者は必要のない仕事に追われているため生産性が低い
- 知識労働の生産性を向上させるカギは仕事の定義を見直すこと。「何が目的か。何を実現しようとしているか。なぜそれを行うか」の問いが定義を浮き彫りにする
- 知識労働の生産性向上は、知識労働者自身の取り組みが不可欠である。自主的に生産性を高めようという意思がなければならない
- 昔の人々は現場で働く人たちを「無能」とみなしていたため、知識労働者の可能性を広げようとはしなかった
- だが実際は、現場で働いている知識労働者の向上心こそが生産性を改善する原点なのである
- 「継続学習」と「人に教えること」が生産性向上に有効である
「花形セールスマンの生産性をさらに向上させる最善の道は、セールスマン大会で成功の秘訣を語らせることである。外科医の成果を向上させる最善の道は、地域の医者の集まりで自らの仕事について語らせることである。看護師の成果を向上させる最善の道は、新人の看護師に教えさせることである。」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 64
2章:なぜ成果があがらないのか
成果をあげられる人とそうでない人の違い
- 知識労働の価値は「量」ではなく「成果」である
- 成果をあげなければ、仕事や貢献に対するモチベーションが下がり、就労時間にただ身体を動かしているだけの作業になってしまう
- 実は人類の大半は無能(凡人)である。スーパーマンはごく限られた存在である。組織にスーパーマンは必要ない。いてもいいが、いなくても組織が回るようにすることのほうが大切である
- したがって組織にとって重要なのは、凡人が己の強みを活かし、成果をあげられるようにするための仕組みづくりである
- 頭がいいのに成果をあげられない人が世の中にはたくさんいる。なぜなら彼らは自身の専門分野の知識に満足し、他の分野を軽視するから
- 一方で、学歴や知能が高くなくても着実に成果をあげる者がいる
- 知力・想像力・知識は、実は成果とは直接関係がない。成果の範囲を規定する条件ではあるが、本質ではない
- 成果を上げる人に共通しているのは、成果を出すための能力を習慣的に身につけているということ
「どんな分野でも、普通の人であれば並みの能力は身につけられる。卓越することはできないかもしれない。卓越するには、特別の才能が必要だからである。だが、成果をあげるには、成果をあげるための並みの能力で十分である。」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 82
- まずは知識労働者が置かれている「自分ではコントロールできない4つの現実」を理解せよ
時間はすべて他人にとられる | 誰でもあなたの時間を奪える。この現実に抵抗する術はほとんどない。 |
---|---|
現状を改善しないかぎり日常業務に追われ続ける | 日常業務に追われるなかで、何が本質で何が派生的な問題なのか区別がつけられなくなっていく。 |
自分の「貢献」を他人が活かすことではじめて「成果」となる | 組織で成果をあげるには、ある一人の貢献を、他の誰かが活かさなければならない。組織とは個々人の「強み」を発揮させる仕組みである。 |
成果は組織の「外」にある | 組織の努力やコストは、顧客がサービスを購入することではじめて利益と変わる。組織の中にあるのは努力とコストだけ。成果は「組織の外」にある。 |
成果をあげられない組織は定量データに頼り過ぎている
- 組織の目的は「存在すること」ではない
- 組織は社会の機関である。したがって組織の外(≒社会)に貢献することが存在理由である
- だが組織は巨大化すればするほど外の世界に関心を失っていく。知識労働者の関心や努力が組織の中に向けられてしまい、やがて外の世界との“ズレ”が生じていく
「この危険は、コンピュータと情報技術の発達によってさらに増大する。愚鈍な機械コンピュータは、定量的なデータを処理するだけである。
(中略)
根本的な問題は、組織にとってもっとも重要な意味をもつ外のできごとが、多くの場合、定性的であり、定量化できないところにある。
(中略)
外の世界における真に重要なことは、趨勢(すうせい)ではない。変化である。この外の変化が、組織とその努力の成功と失敗を決定する。しかもそのようなものは知覚するものであって、定量化したり、定義したり、分類したりするものではない。
(中略)
コンピュータは論理の機械である。それが強みであって、弱みである。外の重要なことは、コンピュータをはじめとするなんらかのシステムが処理できるような形では把握できない。これに対し、人間は論理的には優れていないが、知覚的な存在である。まさにそれが強みである。」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』pp. 74-5
- 成長し、巨大化し、複雑化した組織は、コンピュータの論理や言語で表せない情報や変化を軽視するようになってしまいがちである
3章:貢献を重視する
- 成果をあげる習慣を身につけるためには、知識労働者一人ひとりの目線を高くしなければならない。すなわち「貢献」に焦点を合わせなければならない
「貢献に焦点を合わせるということは、責任をもって成果をあげるということである。貢献に焦点を合わせることなくしては、やがて自らをごまかし、組織を壊し、ともに働く人たちを欺(あざむ)くことになる。」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 88
- たとえその人がコミュニケーションが得意で人間関係に優れているとしても、貢献に焦点を当てた人間関係で成果を生み出さなければ、それはたんなる無意味な「とりつくろい」に過ぎない。
- 「どのような貢献ができるか」を自問することによって、その人は自らの知識の有用性を考え、仕事の可能性を追求できる。そして他者が「何を必要とし」「何を見」「何を理解しているか」を理解できるようになる
- 知識労働者は、自らが定めた成果のグレードに合わせて成長する。自らに求めるものが小さければほとんど成長しないし、自らに多くを求めるならば、ちょっとした努力で「巨人にまで成長する」
- たとえ地位の低い部下であっても、視座を高く持ち、常に貢献に焦点を合わせて仕事ができるなら、組織全体の業績に責任を持とうとしている点で真の「トップマネジメント」である。自然と組織の外の世界に目を向けるようになり、世の中の変化に敏感に対応できるようになる
- 貢献に焦点を合わせると、「コミュニケーション」「チームワーク」「自己啓発」「人材育成」といった、成果をあげる組織に必要な人間関係の条件を揃えられる
- ところが実際、ほとんどの人は視座が低い。「成果(貢献)」ではなく「権限」に焦点を合わせたがる。つまり、組織や上司が自分のために何をしてくれるのか、自分の権限はどこまでなのか、といったこと(わたくしごと)に関心が向かってしまうのである
- 組織に必要な貢献には3つの領域がある。「直接の成果」「価値への取り組み」「人材の育成」である。これらの領域で成果をあげなければ組織は死ぬ。あなたもチェックしてみよう
直接の成果(組織のカロリー) | 組織活動による産物が目に見えてわかるもの。 企業ならば「売上」、病院ならば「治癒率」、映画なら「観客動員数」など。 直接的な成果がはっきりしなければ組織は混乱する。 |
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価値への取り組み(組織のビタミン) | 組織は常に明確な目的が必要。 活動を通じてどんな価値に貢献できるかを考えなければならない。 それが組織の羅針盤となる。 |
組織の自己革新(組織の新陳代謝) | この世で確実なことは「変化」。 絶えず変化し続ける組織が、停滞という名の“死”を乗り越えることができる。 組織のビジョンや仕組みは、常に更新しなければならない。 |
Part3. 自らをマネジメントする
1章:私の人生を変えた七つの経験
- 知識労働者は常に成長を続け、変化に対応しなければならない
- 現状維持や自己満足、地位に甘んじるといった「過去の囚人」になってはならない
- 成長と自己革新を続けられる人には必ず共通点がある。ドラッカーは己の半生を振り返り、成果をあげられる人に共通する要素は7つあると主張した
オペラ作家のヴェルディからの学び。80歳になっても「最高傑作は次の作品です」といえる若々しさは、目標とビジョンを持って活動するエネルギーから生まれる。
古代ギリシャの彫刻家フェイディアスからの学び。「彫像の背中は正面から見えないのに、そんなところまで彫ってどうするつもりだ」との問いに「そんなことはない。神々が見ている」と彼は答えたという。誇りをもち、完全を求める姿勢は仕事に対する「真摯さ」である。
20代の記者時代にドラッカー自身が発見した学び。金融・外交の記事を担当することになった彼は「一時に一つのことに集中して勉強する」という方法で専門知識を身につけていった。一つの分野に集中的に取り組むことで、一つの分野を体系的に理解できるようになり、最新の理論が登場してもすぐに受け入れることができたという。
新聞社時代の上司からの学び。一年に二度の話し合いで「集中すべきことは何か」「改善すべきことは何か」「勉強すべきことは何か」を徹底して訊ねられたという。以来、ドラッカーは生涯を通じてこのセルフフィードバックを行うようになった。
ロンドンの投資銀行に勤めたときの学び。昇進したり、新しい仕事をまかされたりした人間のほとんどが、なかなか成果を上げれず、期待以下の人材になってしまう。能力を認められて昇進した人がただの凡人になってしまうのは、新しい任務に就いたにも関わらず、前の仕事で成功していたことを繰り返しやってしまうからである(=過去の囚人)。
証券アナリストとしての能力を買われて投資銀行の仕事に就いたドラッカー自身も、上司に𠮟咤されて初めてその落とし穴に気付いたという。「新しい仕事で成果をあげるには何をしなければならないか」と自問し、貢献に焦点を合わせる視座を常に持ち続けなければならない。それが、どんな環境でも有能な知識労働者でいられる秘訣である。
ヨーロッパ近世史を研究していたときの学び。カトリックの「イエズス会」とプロテスタントの「カルヴァン派」は、それぞれ宗派は違えども、同じ手法で成功を収めていたことがわかった。それが「何か重要な決定をする際に、その期待する結果を書きとめて」おくという学習方法であった。そして一定期間が経ったあと、実際の結果を見比べて、「自分は何がよくできるか、何が強みか」「どのような能力が欠けているか、何がよくできないか」を知る(➡フィードバック分析)。
父アドルフ・ドラッカーと、父の親友ヨーゼフ・シュンペーターとの会話で得た学び。高名な経済学者シュンペーターは、亡くなる数日前、訪ねてきたドラッカー親子と最後の会話をした。若かりし頃、シュンペーターは「ヨーロッパ一の美人を愛人にし、ヨーロッパ一の馬術家として、そしておそらくは、世界一の経済学者として知られたい」とアドルフに話した。しかしいまでは違うとシュンペーターは言った。「アドルフ、私も本や理論で名を残すだけでは満足できない歳になった。人を変えることができなかったら、何にも変えたことにはならないから」。この言葉は、生涯(ピーター)ドラッカーの心に残った。シュンペーターの言葉には、3つの大切な学びがあった。
「一つは、人は、何によって人に知られたいかを自問しなければならないということである。二つめは、その問いに対する答えは、歳をとるにつれて変わっていかなければならないということである。成長に伴って、変わっていかなければならないのである。三つめは、本当に知られるに値することは、人を素晴らしい人に変えることであるということである。」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』pp. 107-8
- 日本の企業は、「配属する責任」「成長する機会を与える責任」「挑戦する機会を与える責任」が組織の側にあるという前提で人事が行われている。だが実は、知識労働者の啓発や配属の責任は、本人自身にある。「どのような任務を必要としているか」「どのような任務の資格があるか」「どのような経験や知識や技能を必要としているか」の問いを発する責任は、本人自身にある
2章:自らの強みを知る
- 強みを知る唯一の方法は「フィードバック分析」である。「何かをすることに決めたならば、何を期待するかをただちに書きとめておく」。九か月後か一年後にその期待と実際を照らし合わせてみる
- 明らかになった強みに集中できる
- 強みを知ることで新たに学ぶべき知識や技能がわかる
- 専門以外の知識の必要性を認識できる
- 強みを阻害する悪いところを自己認知できる
- 人への接し方が成果と深く関わっていることを理解できる
- 成果の上がらない無駄なことを理解して廃棄できる
- 努力しても並にしかなれない分野に無駄な時間を使わなくて済む
- また「どんな仕事の仕方/学び方が自分に合っているのか」を探求することが、知識労働者が成果を上げるカギである。これは他人から教えられることを期待せず、自分自身を見つめながら模索していくしかない
- 強みと価値観が合っているかどうかも極めて重要である。たとえ、その仕事で強みを活かせていようとも、価値観に合わないのであれば、人生は灰色になる。「つまるところ、優先すべきは価値観である」
「組織には価値観がある。そこに働く者にも価値観がある。組織において成果をあげるためには、働く者の価値観が組織の価値観になじまなければならない。同一である必要はない。だが、共存できなければならない。さもなければ、心楽しまず、成果もあがらない。」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 117
- あなたの価値観が組織の価値観に合わないのであれば、去るべきである。いかに収入がよくとも、またいかに高い地位が与えられていようとも、断るべきである
- かつてドラッカーも、ロンドンの投資銀行では強みを発揮して仕事は順風満帆だった。だが彼は世の中に貢献しているという実感が湧かなかった。そこでドラッカーは、世界恐慌で次の仕事のアテがあるわけでもないにもかかわらず、投資銀行を辞める決意をした。当時を振り返り、ドラッカーはそれが正しい行動だったと自負している
- 「最高のキャリア」は計画して手に入るようなものではない。自分の強み・仕事/学びの仕方・己の価値観を知ることで、単なる凡人が非凡な存在へと成長し、卓越した仕事ができるようになる
3章:時間を管理する
まとまった時間をとらなければ成果をあげれない
- 「仕事の計画」からスタートしても成果はあがらない
- 成果をあげる者は「時間の管理」からスタートする
- 「時間を管理できなければ、何も管理できない」と心得よ
- 「時間」はきわめて希少な資源。借りる・雇う・買うで補填することができない
- だが知識労働者の多くが「なんの成果ももたらさない仕事」に時間を奪われている
- “自分は時間の管理ができている”と思い込んでいる人も非常に多い
- そもそも時間は細切れに管理しても無意味である。自由に使える時間を15~30分ずつ挟み込んだところで、まったく集中できない。「小さな時間は役に立たない」ことを認識せよ
- 成果のあがる時間の使い方をするには、時間を大きなまとまりで確保しなければならない
- たとえば「人」に関わることはたっぷり時間をとる必要がある。相手に肝心なことを理解させ、行動に移させるには、最低でも1時間は話し合いをする必要がある。
「企業、政府機関、研究所、軍の参謀組織のいずれかにおいても、話し合いが必要である。話し合いがなければ、知識労働者は熱意を失い、ことなかれ主義に陥るか、自らの精力を専門分野にのみ注ぎ、組織の機会やニーズとは無縁になっていく。そのような話し合いは、くつろいで、急がずに行わなければならないだけに、膨大な時間を必要とする。話し合いでは、ゆとりがあると感じられなければならない。それが結局は近道である。そのためには、中断のないまとまった時間を用意しなければならない。」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 124
- また組織の「創造と変革」のためにも、まとまった時間をとらなければならない。短時間で考えたり行ったりする仕事では、創造も変革も起こせない。第二次世界大戦後のイギリス経済が停滞したのは、“楽をしたい”と考えた知識労働者たちが、短時間労働で仕事を済ませて、過去の慣習にならった、判を押したような仕事しかしなかったためである
時間を管理する方法は「記録」である
- まとまった時間を確保するには、まずは自分がどんな無駄な時間を使っているのかを認識しなければならない
- 時間の無駄を認識する方法は「時間の記録」である。手書きのメモでも構わないから、普段の仕事の行動を継続して記録していく
- 時間を記録して分析することで、本当に必要な仕事について見つめ直すこともできる
- 継続的に行う
- 定期的に仕事を整理する(廃棄と集中)
- 重要な仕事は締め切りを設定する
- 「まったくしなかったならば、何が起こるか」
そのとき「何も起こらない」が答えであるならば、ただちにその仕事を廃棄せよ。 - 「他の人間でもやれることはあるか
自分が本当に行うべき仕事のために、他者にできることを任せるべきである。 - 「あなたの仕事に貢献せず、ただ時間を浪費させるようなことを、私は何かしているか」
自分が誰かの時間を浪費していないかチェックせよ。どんな返答が返ってこようとも動ずるな。
組織の欠陥が時間の浪費が招くこともある
- 組織の仕組みや業務フローのマネジメントが誤っていると、多くの人々の時間を浪費する
- 繰り返し起こる混乱による時間浪費
いつも起こるトラブルや業務の混乱に対処しないのは、「ずさんさと怠慢の兆候」である。現状を放置していると、周期的なトラブルを「尻ぬぐい」するために、周期的に時間を浪費することになる。なぜ周期に同じような問題が発生するのかを追求し、予防したり事務的なルーチンワークに落とし込んだりして対策しなければならない。 - 人員過剰が招く時間浪費
人が多ければ多いほど、摩擦・協力・調停といった人間関係に多くの時間がとられてしまう。適切な人員ならば、人間関係の衝突は少なくなり、成果をあげやすくなる。 - 無駄な会議による時間浪費
理想の組織とは「会議のない組織」である。会議は定例・原則ではない。あくまでも「例外」のシチュエーションで開催するべきものである。時間の記録を振り返ってみれば、組織が「会議過多症」かどうかがすぐにわかる。会議の過多は組織構造の欠陥を示唆する。 - 情報の共有不足による時間浪費
チーム同士の情報共有が不足していると、一方のチームがかけなくてもよかった手間をかけて仕事をする羽目になる。
4章:もっと重要なことに集中せよ
自分の時間は限られている
- 時間を分析していくと、行うべき重要な仕事があまりに多く、「真の貢献をもたらす仕事」に割ける時間が少ないことがわかる
- 時間の記録は「時間の半分以上は、依然として自分の時間ではない」という現実を明らかにする
- そういった現実のなかで、自らの強みを生かし、大きな成果をあげるには、重要なことにのみ集中しなければならない。成果をあげる者は、自分の時間とエネルギーを一つのことに集中させる
「人には驚くほど多様な能力がある。人はよろず屋である。だが、その多様性を生産的に使うためには、それらの多様な能力を一つの仕事に集中することが不可欠である。あらゆる能力を一つの成果に向けるには集中するしかない。」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 138
非生産的な過去を捨てよ
- 成果をあげる者は、「新しい活動を始める前に必ず古い活動を捨てる」
- まずは「生産的でなくなった過去のもの」を廃棄せよ。「昨日の成功は、非生産的となったあとも生き続ける」からだ。いまの仕事に対し「(仮にその仕事を)まだ行っていなかったとして、今これに手をつけるか」を問おう。このとき、無条件で「イエス」と答えられないなら、それは「生産的でなくなった過去のもの」である。
- ちなみに新しい仕事を始めるために新しく人を雇うことは非常に危険である。新しい仕事は、実績のある人やベテランに任せるべきである。「よそで働いていたときには天才に見えた人が、自分のところで働き始めて、半年もたたないうちに失敗」するケースは珍しくはない
- だからこそ、新しい仕事を任せられる状況をつくるために、「生産的でなくなった過去のもの」を前向きに廃棄していかなければならない。
- 一つの仕事に必要な時間を過小評価する
“仕事では常に予期せぬことが起こる”ことを想定していない。一つの仕事をやり遂げるには、実際に必要な時間よりも余裕をもっておかなければならない。 - 急いで仕事を終わらせようとする
成果のあがらない者は時間と競争している。彼らは常に急ぎ、かえって仕事が遅れる(たとえば予期しないトラブルのために)。一方で成果をあげる者はゆっくりと着実に進む。 - 同時に複数のことをする
いくつもの仕事を手掛けているために、結局どれも成果をあげられない。しかもどれか一つが問題に直面すると、他の仕事もストップしてしまう
物事の優先順位をつけるには「勇気」が必要である
- 集中とは「真に意味のあることは何か」「もっとも重要なことは何か」という観点から、いま自分が行うべきことを意思決定する「勇気」である。仕事の優先順位をつけるためには、分析ではなく勇気が不可欠である
- 「過去」ではなく「未来」を選べ
- 「問題」ではなく「機会」に焦点を当てよ
- 横並びではなく自らの方向性を持て
- 「無難で容易なもの」ではなく「変革をもたらすもの」に焦点を当てよ
「問題に挑戦するのではなく、容易に成功しそうなものを選ぶようでは、大きな成果はあげられない。
(中略)
大きな成功を収める企業は、既存の製品ラインの中で新製品を出す企業ではなく、技術や事業のイノベーションを目指す企業である。」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p.143
次回の更新(第4章以降)は2022年9月末となります。お楽しみに。
Part4. 意思決定のための基礎知識
1章:意思決定の秘訣
意思決定の5つのポイント
- 成果をあげるには、重要な意思決定にのみ集中せよ。つまり問題の本質を理解し、そこに思考を向けなければならない
- 成果をあげるための意思決定には、5つのポイントがある
問題を4つに分けて峻別する | ①基本的な問題②当事者にとっては例外的だが、世間的には基本的な問題③真に例外的な問題④世間的にみても新しい社会現象であり、今後は一般化しそうな問題 |
問題解決の必要条件3つを明確にする | ①その決定の目的は何か②達成すべき最低限の目標は何か③満足させるべき必要条件は何か |
何が正しい決定かを考える | やがて妥協が必要になるからこそ、「何が正しいのか」を最初の段階でしっかり定めておく。さもなければ「間違った妥協」を行う恐れがある |
決定を行動に移す | 決定を行動に変えるのがもっとも困難。ゆえに、行動へ移すことを前提に意思決定しなければならない |
意思決定をフィードバックして内省する | 人は間違いを犯す。ゆえに、決定した後がどうなったかについてフィードバックし、意思決定が妥当であったかを検証していかなければならない |
以下では、5つのポイントをそれぞれ詳しく説明していく。
【問題を4つに分けて峻別する】
基本的な問題 | 原則や手順を通じて淡々と解決する。 |
当事者にとっては例外的だが、世間的には基本的な問題 | たとえばM&A。一般的にはよく行われていることなので、事例に学んで経験や知識を得ればよい |
真に例外的な問題 | 滅多に起こらないトラブル。たとえば災害など。 |
世間的にみても新しい社会現象であり、今後は一般化しそうな問題 | 最近の例でいうと新型コロナウイルスの流行。企業としてどう対応するべきか、まさに意思決定が問われる。 |
【問題解決の必要条件3つを明確にする】
- 最悪な決定とは「〇〇が起こらなければうまくいくだろう」という、一見するともっともらしく見える決定のことである
- 意思決定における「必要条件」を明確にしておくと、上記のような最悪の決定を回避できる
- 必要条件を見つけるには「この問題を解決するために最低限必要なことは何か」を考え抜かねばならない。決して容易ではないが、必要条件を満たさない決定は成果があがらないと心得よ
【何が正しい決定かを考える】
- 決定におけるタブーは「誰が正しいか」「何が受け入れられやすいか」「何が反対を招くから言うべきではないか」という発想である
- 成果のあがる決定を行うには「何が正しいか」を明確にしなければならない
- 「何が正しいか」をハッキリさせておけば、妥協せざるを得ない状況でも、間違った妥協をしなくて済む
- しかし「誰が正しいか」「何が受け入れられやすいか」「何が反対を招くから言うべきではないか」という安直な考えでは、間違った妥協に身をゆだねてしまうことになる。結果的にその意思決定では何も得られず、どころか大切な何かを失うことになるだろう
【決定を行動に移す】
- 決定を行動に移すフェイズがもっとも時間がかかる
- 決定する際は、行動に移すことを前提としなければならない
- 実は多くの企業が、行動に移すことが前提になってない。経営方針がその典型例である
「すなわち、経営方針なるものには、行動するための措置が何も盛り込まれていない。その実行が、誰の仕事にも、誰の責任にもなっていない。その実行が、誰の仕事にも、誰の責任にもなっていない。そのため、それらの経営方針は、トップがまったく行う気のないお題目と冷たい目で見られることになる」
(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』pp. 155-6)
- 行動を決定に移す際は、以下の4つの問いが必要である
「誰がこの意思決定を知らなければならないか」
「いかなる行動が必要か」
「誰が行動をとるか」
「行動すべき人間が行動するためには、その行動はいかなるものでなければならないか」
このとき、多くの企業が「誰がこの意思決定を知らなければならないか」と「行動すべき人間が行動するためには、その行動はいかなるものでなければならないか」を忘れてしまう事が多い。そのためにひどい結果を招いている
【意思決定をフィードバックして内省する】
- 決定後にどのような結果がもたらされたかを分析し、決定の背後にある前提や、決定内容について詳細にフィードバックしなければならない
- けっきょく人は間違いを犯すからだ。また、そのときは大きな成果をあげた決定であっても、いつまでも通用するという保証はない
- ではどのようにフィードバックをするのか。それは「実際に現場に行って確認する」である
「軍では、決定を行った者が出かけて確かめることが、唯一の信頼できるフィードバックであることを知っている。フィードバックは、はるかむかしから確立されている。トゥキディデスやクセノフォンは当然のこととしていた。中国の戦略書やシーザーも当然のこととしていた」
(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 157)
- 決定者がみずから現場に赴き、決定がもたらした現実を知る。このことは、IT時代においてますます重要になってくる。IT化は決定者を現場から遠ざけてしまうからである
- コンピューターは「現実」を教えてはくれない。コンピューターが扱うのは「抽象」である。コンピューターの抽象を現実と錯覚すると、決定者を誤った方向へと導く
- 戦国時代であろうとIT時代であろうと、結論は同じである。“決定者が直接現場に行って、現実に触れる”こと。これこそが成果をあげる意思決定に必要なフィードバックのやり方である
意思決定の判断基準を定める上で「数字」に頼り過ぎるな
「正しい決定は、共通の理解と、対立する意見、競合する選択肢をめぐる検討から生まれる」
(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 159)
「評価測定のための適切な基準を見つけ出すことは、統計上の問題ではない。それはすでに、リスクを伴う判断の問題である。判断を行うために、いくつかの選択肢が必要である。一つの案しかなく、それにイエス、ノーを言うだけでは判断とはいえない。いくつかの選択肢があって初めて、何が問題であるかについて正しい洞察を得られる」
(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 161)
- 意思決定は「仮説」からスタートせよ。「事実」からスタートしてはならない
- なぜなら「事実」からスタートしてしまうと、望んでいる結論を裏付ける事実のみを恣意的に探すことになるからだ
「したがってまず初めに、意見をもつことを奨励しなければならない。そして意見を表明する者に対しては、現実による検証を求めなければならない。「この仮説の有効性を検証するためには、何を知らなければならないか」「この意見が有効であるためには、事実はどうでなければならないか」を問わなければならない
(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 160)
満場一致ではなく「意見の不一致」で意思決定せよ
「成果をあげる者は、意図的に意見の不一致をつくりあげる。そうすることによって、もっともらしいが間違っている意見や、不完全な意見によってだまされることを防ぐ。(中略)一つの行動だけが正しく、他の行動はすべて間違っているという仮定からスタートしてはならない。「自分は正しく、彼は間違っている」という仮定からスタートしてはならない。そして、意見の不一致の原因は必ず突き止めるという決意からスタートしなければならない」
(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 163)
- 成果をあげる意思決定を下すためには、「意見の不一致」を生み出さなくてはならない。むしろ世間が奨励している「満場一致」は危険な罠である
- 相反する意見や異なる視点との対話があることのほうが健全である
- したがって、意見の不一致が存在しないときは意思決定を行うべきではない
- 意見の不一致が必要な理由
組織の囚人になることを防ぐ | 自分たちに都合のよい決定をしてもらおうとするのを防止する |
選択肢を与える | 一つの決定に依存するのを防ぐ。ある決定が機能しない場合、他の選択肢(意見)があれば途方に暮れずに済む |
想像力を刺激する | 常に不確実な問題がつきまとう。新しい状況を生み出す創造的な発想が組織には不可欠である。想像力は意見の不一致の過程で洗練されていく |
「明らかに間違った結論に達している人は、自分とは違う現実を見、違う問題に気づいているに違いないと考える必要がある。「もし彼の意見が、知的かつ合理的であると仮定するならば、いったい彼は、どのような現実を見ているのか」と考えるべきである」
(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 164)
意思決定が必要なのかも判断しなければならない
- 意思決定とは「外科手術」である。意思決定は仕組み・秩序に干渉し、ショックを与える。よい外科医は不用意に手術を行わない。それと同じく、決定者は不用意に意思決定を行ってはならない
- 「何も決定を行わない」という代替案が常にあることを肝に銘じよ
「「何もしないと何が起こるか」という問いに対して、「何も起こらない」が答えであるならば、手をつけてはならない。状況は気になるが、切実ではなく、さしたる問題が起こりそうもないときは、問題に手をつけてはならない」
(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 165)
決定には痛みを伴うがゆえに最後は「勇気」が必要である
「決定が苦くなければならないという必然性はない。しかし一般的に、成果をあげる決定は苦い。(中略)ここで絶対にしてはならないことがある。「もう一度調べよう」という誘惑に負けてはならない。臆病者の手である。臆病者は、勇者が一度死ぬところを、1000回死ぬ。「もう一度調べよう」という誘惑に対しては、「もう一度調べれば、何か新しいことが出てくると信ずべき理由は何か」を問わなければならない。もし答えがノーであれば、再度調べようとしてはならない」
(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 167)
2章:優れたコミュニケーションとは何か
「コミュニケーションは、私からあなたへ伝達されるものではなく、われわれの中のひとりから、われわれの中のもうひとりへ伝達されるものである。組織において、コミュニケーションは手段ではない。それは組織のあり方の問題である」
(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 176)
コミュニケーションの四原理
- 一般的にコミュニケーションでは「何を伝えたいか」という話し手に主眼が置かれてきた
- しかし実際は、コミュニケーションは「受け手」のコミュニケーション能力が重要である
- 情報が多くなればなるほどコミュニケーションギャップが拡大しやすくなるので、コミュニケーションの質を高める意識が必要である
- まずは以下に挙げるコミュニケーションの原理を知っておこう
- ①コミュニケーションは「受け手」が成立させる
- ②「受け手」が見たり聞いたりしたいことを理解せよ
- ③コミュニケーションは「受け手」に何らかの要求をする行為である
- ④コミュニケーションで重要なのは「情報」ではなく「知覚」である
コミュニケーションは「受け手」の言葉を使わなければ成立しない。「話し手」の発話のみではコミュニケーションは成立しない。あくまでもコミュニケーションの受け手(話の聞き手)が内容を理解できなければならない。
人の心は、見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞く性質がある。その本性をうまく利用して、伝えなければならないショッキングなことを上手に伝えるようにすること。
コミュニケーションにおいては、受け手に対し「何かになること」「何かをすること」「何かを信じること」を要求する。それが受け入れられるか、抵抗されるか。結果はわからないが、コミュニケーションには受け手の心を変えさせる側面があることを理解しなければならない。
コミュニケーションと情報は別である。コミュニケーションは人間的要素を求められる「知覚」であり、情報は非人間的要素の「論理」である。「完全なコミュニケーション」を成立させる際には、けっして「情報」は必要ない。
最良のコミュニケーションは「貢献」意識の共有から生まれる
- 「話に耳を傾ける」だけではコミュニケーションがうまくいくとは限らない。たしかに重要だが、それだけでは足りない
- 最良のコミュニケーションを生み出す秘訣は「自分はいかなる貢献を行うべきか」という問いかけである
- 上司と部下が互いに「自分はいかなる貢献を行うべきか」という問いを行う過程で、認識の齟齬があることが判明するかもしれない
- しかしその認識に違いがあるという理解こそ、本当によいコミュニケーションが始まる
3章:情報と組織
情報型組織は自己管理と責任のうえで最高のパフォーマンスを発揮する
- 「情報型組織」とは「情報」を中心とし、ピラミッドのない“平らな”組織である
- 従来の組織は軍隊をモデルにしたピラミッド(ヒエラルキー)構造である
- 一方で現代に登場した情報型組織は“オーケストラ”の構造をしている
- 楽譜という名の企業目標を手に、演奏者たちが各々の楽器でそれぞれの音をだし、一つの楽曲(成果)をつくりあげる
- したがって、情報型組織を力強く動かすためには、組織のスタッフが目標管理をマネジメントする必要がある。それが迅速な意思決定を実現する要である
- 「カネ」で組織を支配する組織はもはや時代遅れである。「カネ」が唯一の共通言語である組織は遅かれ早かれ崩壊していく運命にある
4章:仕事としてのリーダーシップ
- 情報型組織でさえも強力なリーダーシップが必要である
- リーダーシップに必要なのは「カリスマ」ではない。むしろカリスマ性はリーダーを破滅させる
「効果的なリーダーシップの基礎とは、組織の使命を考え抜き、それを目に見える形で明確に定義し、確立することである。リーダーとは、目標を定め、優先順位を決め、それを維持する者である。もちろん、妥協することもある。
(中略)
リーダーは、妥協を受け入れる前に、何が正しく、望ましいかを考え抜く。リーダーの仕事は、明確な音を出すトランペットになることである」
(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 185)
- 真のリーダーは、言動に一貫性がある
- 真のリーダーは、組織の使命に矛盾がないように意思決定をする
- 真のリーダーは、責任は常に自分にあると理解している
- 真のリーダーは、部下を恐れない
- 真のリーダーは、優秀な部下を自らの誇りとする
- 真のリーダーは、自分が去った後に組織が崩壊することを恥とする
- 似非リーダーは、自らのカリスマ性で破滅する
- 似非リーダーは、柔軟性がなく、変化を恐れる
- 似非リーダーは、地位や特権を守るために部下を恐れる
- 似非リーダーは、自分が組織の支配者であると錯覚する
5章:人の強みを生かす
人事では「弱み」ではなく「強み」に焦点をあてよ
- 成果をあげるためには「人の強み」を生かせ。人の強みを生かすことは組織に特有の機能である
- 組織とは、強みを成果に結びつけ、弱みを中和し無害化するための道具である
- 強みと弱みはコインの表と裏。かならず弱みがついてくるものと心得よ
- したがって人事では、“人の弱みを最小限に抑える”という発想ではなく、“人の強みを最大限に発揮させる”という視点で行うべきである
- なぜなら「人の弱み」に配慮した人事は平凡な結果に終わるからだ
「人に成果をあげさせるためには、「自分とうまくやっていけるか」を考えてはならない。「どのような貢献ができるか」を問わなければならない。「何ができないか」を考えてもならない。「何を正常によくできるか」を考えなければならない。特に人事では、一つの重要な分野における卓越性を求めなければならない」
(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 191)
- 組織に“なんでもできるスーパーマン”(全人的な人間)は必要ない。そういった考えは、一つの道を極める才能に対する妬みからくるものである
- 組織に必要なのは、一つの道で一流になれる人間である。真に厳しい上司とは、そういった人材をつくりあげる人物である
「弱みに焦点を合わせることは、間違っているだけでなく、無責任である。上司は、組織に対して、部下一人ひとりの強みを可能なかぎり生かす責任がある。何にもまして、部下に対して、彼らの強みを最大限に生かす責任がある」
(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』)
- 人材選びを「仕事の配置」からスタートすると、変哲のない人間を探す羽目になる。大切なのは「人間の配置」である
部下は上司に強みを生かせ
- 部下は上司の強みを生かす必要がある
- 上司も人である。上司の強みと弱みを知ったうえで「強み」を強調しなければならない。上司が得意でないことについて心配する必要はない
- 「上司は何がよくできるか」「何をよくやったか」「強みを生かすためには、何を知らなければならないか」「成果をあげるためには、私(※部下)から何を得なければならないか」を考えよ
6章:イノベーションの原理と方法
- 勘やひらめきのイノベーションは再現できない奇跡である
- イノベーションを論ずるに値するのは「目的意識」「体系」「分析」によるイノベーションだけである。少なくとも実際に起きたイノベーションの90%がそうである
- ①イノベーションを行う7つの機会をとらえよ
- 予期せぬこと
- ギャップ
- ニーズ
- 構造の変化
- 人口の変化
- 認識の変化
- 新知識の獲得
- ②外の世界に目を向けて「知覚」を働かせる
- ③焦点を絞り一つのことに集中せよ
- ④小さなスタートから始めよ
- ⑤最初から「トップの座」をねらうつもりでやれ
理論も大切だが知覚を鋭敏にして「やがてこれを使うことになる人たちが、そこに利益を見出すようになるには、何を考えなければならないか」との問いを発していかなければならない
成功したイノベーションの共通点は「単純」である。「なぜ自分には思いつかなかったか」と相手に思わせるくらいに単純である
イノベーションに成功するには、いきなり大がかりであってはならない。小さなスタートから始めることが肝心である
ニッチであろうとなかろうと、何らかの意味においてトップの座をねらうつもりでやらなければならない。さもなければイノベーションとはなりえない
- ①凝りすぎたり複雑でありすぎてはならない
- ②多角化してはならない
- ③未来のためにイノベーションをするな
イノベーションの成果が“普通の人”あるいは“さほど頭のよくない人”でも扱えるものでなければならない。組み立てや使い方が複雑だとイノベーションは失敗する
一度に多くのことを行おうとしてはならない。さもなければアイデアはアイデアのままにとどまり、霧散するだろう。イノベーションにはエネルギーの集中が必要である。
たとえば「これを必要とする高齢者はすでに大勢いる。もちろん時間が味方だ。二五年後には、もっと大勢の高齢者がいる」と言える状態がイノベーションのタイミングである。
成功するイノベーションの条件
①イノベーションとは「集中」である
知識・創造性・能力・勤勉さ・持続性・献身を集中することでイノベーションが成り立つ
②イノベーションは「強み」を基盤とする
実はイノベーションは、これまでみてきたように「強み」を生かして行う仕事のひとつである。「自分(あるいは自分たち)がもっとも得意とし、実績によって証明ずみの能力を生かせる機会は何か」を考えよ
③イノベーションは「経済や社会の変革」を目指さなければならない
「それは、消費者、教師、農家、眼科医などの行動に変化をもたらさなければならない。プロセス、すなわち働き方や生産の仕方に変化をもたらさなければならない。イノベーションは、市場にあって、市場に集中し、市場を震源としなければならない」
(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 203)
補足:たとえばiPhoneがまさにイノベーションの典型である。iPhoneとともにある暮らしは、ドラッカーのいう「消費者、教師、農家、眼科医」の行動に大きな変化を与えたことは自明である。彼らは検索し、地図をひらき、ECサイトでほしいものを買っている。iPhoneが登場してから、人々は地図を買ってドライブすることも、知らない単語を辞書で引くこともきわめて少なくなった。
イノベーターはリスク志向ではなく機会志向でなければならない
「私も成功した起業家やイノベーターを大勢知っているが、彼らの中にリスク志向の人はいない。通俗心理学とハリウッド映画によるイメージは、まるでスーパーマンと円卓の騎士の合成である。実際にイノベーションを行う人たちは、小説の主人公ではない。リスクを求めて飛び出すよりも、時間をかけてキャッシュフローを調べている」
(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 204)
さいごに:ドラッカーを実践すれば事業が変わる!
マネジメントの父と称されるドラッカーは、世界的に有名な経営者や政治家たちに数々の影響を与え、日本の経営も非常に高く評価していたことで知られている。
当サイト「Dラボ」では、そんなドラッカーを学んだ経営者やビジネスマンが実際に仕事や経営に活かして数々のピンチを乗り越え、成功を収めた実例を記事形式で紹介している。
「部下がどんどん辞めていく」
「スタッフと自分のモチベーションにギャップがある」
「売上急落の原因がわからない」
「会社のビジョンが見えてこない」
このような方は、ぜひ「実践するドラッカー講座」に参加してみてほしい。
この講座は、進行役であるファシリテーターと参加者とともにドラッカーの著書を読み、そこで得た学びを自分事として日々の仕事や生活の中で実践することを目的としている。
参加者は、経営者をはじめ、中間管理職から新入社員、学生、主婦、教員、事務員、公務員、フリーランス、自営業など様々な職種の方々が立場を越えて学び合っている。また、異業種の交流の場となり、新たな出会いもある。
「ドラッカーについてもっと学びたい」「実践者からアドバイスをもらいたい」とご興味を持った方は、ぜひ一度、お気軽に問い合わせてほしい。
インタビュイー:佐藤等
アウル税理士法人代表、公認会計士・税理士、NPO法人ドラッカー学会共同代表理事。1961年函館生まれ。主催するナレッジプラザの研究会として「実践するマネジメント読書会」の創設者。『実践するドラッカー [思考編]』(ダイヤモンド社)をはじめとする実践するドラッカーシリーズ計5冊は20万部を超えるロングセラー。ほかに『ドラッカーを読んだら会社が変わった』『ドラッカー教授 組織づくりの原理原則』(日経BP社)、『ドラッカーに学ぶ人間学』(致知出版社)がある。
【解説者】清水祥行プロフィール
Dサポート株式会社代表取締役、ナレッジプラザ・ドラッカー読書会認定ファシリテータ
一般財団法人しつもん財団認定ビジネス質問家、経済産業省登録中小企業診断士(平成8年登録)
【おまけ】『プロフェッショナルの条件』をさらに深く理解する「マニアックス編」
以下では、『プロフェッショナルの条件』の内容をもう少し掘り下げて、ドラッカーが実際にどんな思考の流れで論じているのかを解説する。
上述の「要約編」ではわかりやすいように前後を入れ替えたりコンパクトにしたりして工夫しているが、以下はドラッカーの思考・論理の流れをできるだけ尊重し、整理している。
とくに、第1章は歴史や思想について論じた記述が多く、読者によってはかなり難解な部分である。以下ではさしあたり、第1章について掘り下げておく。
はじめに(pp. v~x)
20世紀を象徴する最大の出来事は「人口革命」だった。平均寿命が爆発的に伸びたのが大きな原因である。
同じく労働力人口の中身にも大きな変化があった。20世紀初頭に比べると、現代は肉体労働者から知識労働者に比重がシフトしている。
肉体労働者は「マシン」や「工事現場」を持ち歩くことはできないが、知識労働者は「知識」(≒頭脳)という生産手段を持ち歩くことができる。それが知識労働者の特徴である。必然的に、肉体労働者よりも知識労働者のほうが労働寿命(生涯働ける時間)は長い。
だが一方で、組織(≒企業)の寿命は短くなってきている。それはグローバリゼーションと日々刻々と起こるイノベーションが原因である。多くの現代企業は繁栄の後に低迷期を迎え、たいていはそこで終わりを迎える。再起して成長できた企業は少ない。それが現実である。
これからの時代は、知識労働者がより“長生き”するためにどうするべきかを真剣に考えなければならない。なぜなら明日の組織の行方を決めるのは、知識労働者次第だからだ。
現代において、唯一意味のある競争力の要因は「知識」である。昔の経済学でいわれている「土地」「労働」「資本」は、もはやほとんど意味をなさなくなった。知識なくして現代企業の生産性は語れないのだ。
『プロフェッショナルの条件』は、知識労働の重要性を説くとともに、どうすれば知識労働の生産性があがるのかについて掘り下げていく。
「まさに本書は、読者の方々が、成果をあげ、貢献し、自己実現していくことを目的としている」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. x
Part1. いま世界に何が起こっているか
1章:ポスト資本主義社会への転換(pp. 3~29)
われわれが経験しつつあるのは「ポスト資本主義社会」への転換
中世から20世紀までの歴史の転換期について考察していくと、21世紀は間違いなく新しい世界にシフトする転換期である。その新しい世界とは「ポスト資本主義社会」のことである。
ポスト資本主義社会は、世界の社会・政治・経済・倫理の様相を大きく変えるだろう。1990年に生まれた者が成人に達するころには、父母の生まれた世界は想像もできないものになっているはずだ。
ポスト資本主義社会への転換後、社会がどのようなものとなるかを断定することは危険だが、ポスト資本主義社会の重要資源が「知識」であることは確かである。すなわち知識労働者による組織(≒企業)が、この新しい世界を引っ張っていくことになるのだ。
産業革命をもたらしたのは「知識の応用」
まずは「知識」の歴史について紐解いていこう。知識の歴史と資本主義社会の到来は、実は密接に関わっている。
もともと資本主義それ自体は昔から存在した。しかし、ごく限られた一部の地域にのみ存在する社会様式だった。まだまだ資本主義“社会”と呼ぶには程遠いものだった。
そんな資本主義が一般社会のあり方として定着したのは、1750~1900年の間であった。1750~1900年までの間に「技術革新」が世界に新たな文明をもたらしたのだ。それが資本主義社会の到来を告げた。
ようするに技術革新は、資本主義社会の起爆剤となったのだ。では、なぜ技術革新が起こったのだろうか。この大転換のヒントは、「知識の意味の急激な変化」にある。
昔は知識と技能が別々のものだった
歴史の出来事を一つの原因や理論で説明することは不可能だが、1700年代(18世紀)に「知識の意味の急激な変化」が起こったことは、産業革命と資本主義社会の到来を説明する上で重要なポイントである。
そこでまず、「知識」とは何かについて考えてみよう。
もともと「知識」は哲学や宗教のために用いられるものだった。学者の頭の中や書物で完結していた特殊なものだったのだ。
だから古代ギリシャや中国では、「技能」(techne:テクネ)は知識としてみなされなかった。技能(テクネ)はあくまでも特定の仕事に従事する人たちの技能であり、それ以上でも以下でもなかった。
つまり中世の時代に至るまで技能(テクネ)は、ギルドや徒弟制度といった狭いコミュニティでのみ意味をもつものでしかなかった。徒弟にならなければ手に入れられない「秘伝」(mystery)だった。
『百科全書』がテクネからテクノロジーへの扉を開いた
ところが1700年代以降、「技術」(technology:テクノロジー)が発明された。テクネ(techne)に接尾語「logy:体系」がついてテクノロジーとなった。コミュニティに閉ざされていた“秘伝”が解放され、共有する知識へと変わっていったのだ。
その転換を示すきわめて重要な書物が、ディドロとダランベールの編纂による『百科全書』だ。百科全書は、現代風にいえば「ライフハック全集」である。ディドロらは、人々が徒弟にならなくても技術者になれるように、これまで秘伝とされていた技能に関するあらゆる知識を体系的にまとめたのだ。
産業革命は「知識」を「技能」に適用する時代
『百科全書』の編纂者たちは、ある一つの技能が成果を生み出す原理が他の技能にも通ずると考えた。つまり「あの知識はこの状況でも役立つ」といった発想があったわけである。やがて技術学校が誕生し、徒弟という狭いコミュニティに縛られることなく、誰もが技能を知識として学び、技術者になることができるようになっていった。
「技術学校や『百科全書』は、経験を知識に、徒弟性を教科書に、秘伝を方法論に、作業を知識に置き換えた。これこそ、やがてわれわれが産業革命と呼ぶことになったもの、すなわち、技術によって世界的規模で引き起こされた社会と文明の本質だった」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 12
知識はもはや、学問や宗教のためのものではなくなった。「仕事」という行為を成すために適用され、人々に広く共有される集合知となっていったのだ。百科全書や技術学校の登場は、まさに「知識の意味の変化」を象徴する重大な出来事だった。
マルクス主義の思想が失敗した理由は「生産性革命」
「知識の意味の変化」は、マルクス主義(社会主義)が失敗した理由を説明することもできる。
カール・マルクス(独:1818~83年)は『資本論』を著し、「労働者(プロレタリア)は資本家(ブルジョワ:経営者)に搾取され困窮化し、最後は労働者の革命(プロレタリア革命)によって資本主義そのものが打ち倒されて労働者の社会が確立する」という「階級闘争史観」の思想を持つ人物である。
マルクスの思想は、ソ連のレーニンやスターリン、中国の毛沢東、北朝鮮の金日成、カンボジアのポル・ポトに多大な影響を与えたことで知られる。
さてマルクス主義(社会主義)は巨大なイデオロギーとして19世紀末~20世紀の戦後世界を席巻したが、結果的に失敗した。一部の国で革命は起きたが、世界全体を転換するほどの力はなかった。
マルクス主義が失敗した最大の理由は、マルクスのいう「搾取と困窮化」が現実にならなかったことにある。ではなぜ、マルクスの描いた悲惨な未来は現実にならなかったのか。その理由は、産業革命以降、かなりの速さで「生産性革命」が進んだからである。
生産性革命の立役者は、「科学的管理法の父」ことテイラーであった。
テイラーの「教育訓練」が生産性の爆発的に増大させた
フレデリック・ウィンスロウ・テイラー(米:1856~1915年)は、仕事の生産性を客観的に分析し、労働者の能率を高める方法を追求した人物である。今日では「科学的管理法の父」として称えられ、経営学を語る上では避けられないキーパーソンである。
目の病気でハーバード大学の道を諦めたテイラーは、工場労働者となり、やがて仕事の生産性を研究し始めた。
知識を仕事に応用することで生産性が向上すれば、労働者と資本家の不毛な対立を回避し、みんなが利益を享受できると考えた。生産性の向上による最大の受益者は労働者であるべきだ――というのがテイラーの信念だった。
そんなテイラーの最大の功績は「教育訓練」だった。テイラーの教育訓練の概念が広く普及するにつれ、前例のない生産性の伸びが現われ、人々の生活水準と生活の質が向上していった。
つまり、プロレタリア革命が起こる前に、世界で生産性革命が起こったのだ。それがマルクス主義が失敗した理由なのだ。
現代は「知識」を「知識」に適用する時代
以上の「知識」をめぐる歴史を振り返ってみると、このポスト資本主義社会は知識における意味の変化がいっそう社会・経済に影響を及ぼしている。肉体労働が世界の中心だった時代はとうの昔に終わっている。いまや知識こそが唯一の意味ある資源である。昔は重要だった「土地」「労働」「資本」ですら、いまや「知識」さえあれば手に入る。
産業革命や生産性革命は「知識」を「技能」に適用することで「技術」を生み出した。
ポスト資本主義社会は「知識」を「知識」に適用して「成果」(価値)を創出する時代といえるだろう。たとえば、「市場調査」を行い、顧客が本当に求めている「欲求」を掘り起こしてよりよいサービスを提供するのは、まさに知識×知識の産物である。ポスト資本主義社会では、知識労働者一人ひとりが「われわれの事業にとって成果とはなにか」を常に問い、顧客に貢献するために必要な行動を考えていかなければならない。
したがってポスト資本主義社会を生き抜くためには「どのようにして知識を知識に適用して成果を生み出すか」という新しい知識が必要となる。この新しい知識が「マネジメント」である。
マネジメントとは知識を知識に適用するものの見方・考え方
「どのようにして知識を知識に適用して成果を出すか」という問いに応えるためのものの見方・考え方が「マネジメント」である。マネジメントの重要性は第二次世界大戦以降、世界中で認知されていった。
産業革命➡生産性革命➡マネジメント革命
1700年代から1900年代(18世紀から20世紀)に起こった社会変動は、「専門知識」へと社会の重心がシフトしていったことを意味する。言い換えると、教養知識から専門知識に比重が変わっていったのだ。
「むかしの人は言った。「夕食の客には教育のある人がよい。しかし砂漠では、教育のある人よりも何かのやり方を知っている人が必要だ。教育ある人間はいらない」。事実すでにアメリカの大学では、伝統的な教養人は、教育ある人間とさえ見なされなくなっている。そのような者は、趣味人として一段下に見られている」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 28
専門知識へ重心がシフトすることで、わたしたちの知識に、新しい社会を創造する力を与える。そして専門知識は、成果を生むために高度に専門家されていなければならない。
ポスト資本主義社会(専門知識社会)で浮上する問題点
- 価値・ビジョン・信条といった一人ひとりの人生に関する問題
- 真に教育ある人間の要件は何かという問題
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