ドラッカー本を仕事とスポーツに使い、東京五輪を目指す車椅子アスリート〜北海道 環境生活部 戸田雄也さん


戸田雄也さん

ドラッカー本を仕事とスポーツに使い、
東京五輪を目指す車椅子アスリート

 

北海道 環境生活部くらし安全局 消費者安全課 消費者安全グループ主任

戸田雄也さん

 

1982年、枝幸町生まれ。

法政大卒、北洋銀行を経て北海道職員へ。

銀行員時代、新婚旅行先で脊髄を損傷。

車椅子生活ながらパラ・パワーリフティングで東京五輪への出場を目指す。

 

 

突然の車椅子生活になり、心機一転

 

―現在のお仕事をおしえてください

戸田 今年2019年の6月に現在の部署に異動になりました。消費者からの相談だったり、購入したものに不具合があったとかに対応する部署です。

具体的には、「消費者センター」というところにトラブルの相談が入るのですが、こうしたトラブルの注意喚起などをする仕事です。国に報告したり、全道にある振興局を通じて道内の市町村に通達したりしています。

異動になる前は企業の事業税の担当をしていました。正しく申告されているかのチェックの役割です。道庁勤務は6年目になります。

 

―生い立ちは?

戸田 生まれはオホーツク海側の枝幸町です。実家は呉服店。呉服店といっても地方ですので、宝石や婦人服、スーツや学校のジャージ類も扱います。祖父の代から続く店です。

わたしは5歳からはじめたアルペンスキーが得意でした。なので高校は小樽の北照高校に入りました。五輪を目指したいという気持ちでやっていました。強い選手がいっぱいいて、現実をまざまざと見せつけられた気がしました。挫折を感じた高校時代でもありました。それでもインターハイに出場でき、結果を残せたこともあり、法政大に入れました。大学ではスキー部の主将もやりました。

 

―就職はどこですか?

戸田 銀行です。志望した理由は単純です。親が商売をやっていたから。大学では社会学部でしたが、金融関係を志望していました。当時、ホリエモンとか三木谷さんとかが脚光を浴びていた時代。株とか証券とか、にぎやかだったころです。

就職は北海道に戻りたいという気持ちが強くあったので地方銀行に狙いをしぼって就活。運よく採用されました。最初は稚内支店に配属になりました。窓口業務をやって、渉外・融資も担当。個人の住宅ローンや法人の融資もやりました。その後札幌に転勤。道庁支店に異動となりました。

 

車椅子に乗る戸田さん

 

―突然の車椅子生活に?

戸田 26歳の時のことです。結婚して、新婚旅行でハワイに行きました。2日目、妻とサーフィンをしていました。おだやかな波で、普通に楽しくやっていました。ただその時、腰が痛いなあと。「オレ、陸に上がるわ」と。その1時間後くらいから、だんだん歩けなくなってきたのです。それ以来、車椅子生活になりました。

結局は脊髄損傷。MRIを撮ったら脊髄にカゲが写っていましたが、よくわからないまま。なので、医者からは、治療方法はないと言われました。「治る人もいるし、治らない人もいる」と告げられたのです。脳から全身まですべてを調べたのですが、どこにも異常は見つからない。麻痺の事実があり、歩けないだけ。「とにかくリハビリをしましょう」と言われて、会社を休職してリハビリに専念していました。

 

―自分としてはどう捉えていますか?

戸田 今までの医学でいうと脊髄損傷イコールもう治りません、なのです。しかし、セカンドオピニオンで東京の病院に行きました。再生医療の最先端の医師にかかりました。「何年後かわかりませんが、おそらく医療の進歩で治る時がくるかもしれない。だから、今の状態を悪くしないようにキープしていてください」と。なので希望を持って「いつか、治る」と信じて今を過ごしています。

 

―仕事はどうされましたか?

戸田 銀行ではもう現場には出られないとされ、裏方の事務センターに出向し配置換えとなりました。身分の保障はありましたが、そのセンターには若い人はいません。このまま定年までずっとここにいるのかと考えたときには、「うーん」と。27歳の時です。5年おせわになりましたが、自分が認められなかった環境がいやになり、逃げたかったのでしょう。結果、ただ、辞めてしまいました。

 

道庁赤レンガでの戸田さん

 

―その後に転職?

戸田 そのころ、子どもが生まれました。ちゃんとしっかり働いて稼がなきゃ、と思いました。自分は車椅子でも、外で現場で普通に仕事がしたかったのです。そこで、公務員試験を受けて合格し道庁に採用となりました。

道職員を目指した理由は、ある先輩からこんなことを聞かされたのです。「道職員は障がいがあろうがなかろうが関係なく、がんばれば昇給していくシステムだよ」と。

 

―そしてスポーツも?

戸田 スポーツに挑んでいるのも、「わたしは元気です」ということを表現したいからです。今の状態は病気ではないのです。「ケガをしただけで健康です」ということを周囲に伝えたい。車椅子イコール障がい者で、いろんなこと難しいよねとなっちゃうのがいやなのです。

 

―東京オリンピック・パラリンピックを目指す?

戸田 パラ・パワーリフティングで東京2020を目指しています。いわゆるベンチプレスというものです。4年前からこの競技に取り組んでいます。きっかけは、東京五輪が決まって、「自分もオリンピックに出たい」と単純に思ったから(笑)。

そこで、仕事とスポーツと両立できそうなものはないかなと探しました。現在の環境で挑める種目はなんだろうと。ちょうど、パラ・パワーリフティングがあることに気がつきました。スキーをやっていた時に筋トレでやっていたこと。最初は軽い気持ちで「出場できたらいいな」くらいでした。

 

(撮影:西岡浩記さん)

 

―どうやって練習しているのですか?

戸田 練習は週3回です。個人オーナーがやっているバリアフリー環境の整っているジムに通っています。一緒にトレーニングしている人たちが補助に入ってサポートしてくれています。最初の記録は70kgでした。今は135 kgを持ち上げています。目標は150 kg以上を上げることでしょうか。

2年前、日本の強化指定選手となりました。7月にはカザフスタンで世界選手権があり、出場します。ランキングを上げてなんとか東京五輪に出場できればと思って練習しています。

 

 

ドラッカー本で仕事とスポーツを両立させる

 

―ドラッカー本を知ったのは?

戸田 4年前、友人に誘われて道庁で開催されるドラッカー読書会に参加したのです。「ドラッカーの内容を理解できなくても、ドラッカーのことばだったりフレーズを使えばいいんだよ」と、ファシリテーターの皆さんに言われて。自分の中で腑に落ちたことばを使っています。特に時間管理の部分は、仕事とスポーツを両立させなくてはいけないので、意識しています。何に時間を使ったのか書き出して記録しています。

 

―成果につなげる?

戸田 ドラッカーをどういう風に読めばいいのか、読書会でファシリテーターの人におしえてもらって徐々にわかってきました。スポーツのためにではなく、ただ、興味本位で参加したのですが、ドラッカーは「スポーツにも、仕事にも使えるな」と思いました。自分では気がつかなかったのですが、ファシリテーターの田畑祐司さんからは「成果出ているじゃない」と言われて。確かにと思いました(笑)。

 

ドラッカー本を読む戸田さん

 

―ドラッカーをどのように活かしていますか?

戸田 好きな本は『経営者の条件』です。セルフマネジメントの基本だからでしょうか。時間管理の部分と、意識しているのは「強みを活かす」というところに惹かれました。わたしは車椅子に乗って障がい者であるということが自分の特徴であり強みだと思うようにしたのです。ドラッカーの本を読んで気がつきました。そこで、自分は何ができるか考えました。パラスポーツができると。この種目に取り組むことで、みんなに知ってもらえて応援してもらえる。すると仕事もやりやすくなる。自分のモチベーションにもつながります。人とも出会えます。

 

―今度はどのように?

戸田 ドラッカー本には線を引いて、ふせんを貼って。好きなことばを使うような読み方をしています。やっぱり読書会という会や仲間がいるから半ば強制的に読むことができますね。成果が「外における変化」だとすれば、確実に変化が起きているように思います。

仕事の面では、今37歳とこれから中堅どころに入るのでマネジメントの知識も必要になると思っています。『現代の経営』などにも挑んで、使えるようにしたいと考えています。

車椅子使用者ですが、健常者と同じことをしっかりできるようになりたいと思っています。障がい者だけど、仕事もしっかりやって、スポーツにも取り組んでいる。家では家族がいる。ドラッカーのことばを使いながら、いろいろな面で成果をあげていきたいと思っています。

 

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花岡 俊吾
1965(昭和40)年、北海道恵庭市生まれ。高崎経済大学卒業、(株)ピーアールセンターにて広告・マーケティング業務に従事。2007年独立、「北海道体験.com」のプロジェクトに参画。人口減少の道内経済に貢献すべく、北海道の新しい体験観光情報の発信をライフワークにする。カメラを片手に、年間100日以上をアウトドアフィールドで取材活動。新聞記事連載やWEBコンテンツ制作がメインの仕事。P.F.ドラッカーの読書会、札幌ビジネス塾に10年以上通い、上田惇生先生のサイン入り『経営者の条件』は家宝。著書に『アウトドア&感動体験ガイド北海道』(北海道新聞社)。休日はマラソンと登山に勤しむ。

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