サッポロビール創業の地・北海道札幌でドラッカーのDNAを社員に浸透させたい サッポロビール(株) 北海道本部担当部長・サッポロビール博物館館長・北海道戦略営業部 住吉徳文さん


住吉徳文さん

サッポロビール(株) 北海道本部担当部長、サッポロビール博物館館長、北海道戦略営業部

住吉徳文(すみよし・のりふみ)さん

 

1960年、札幌市生まれ。

札幌南高・小樽商大卒、

サッポロビール(株)入社。

 

 

ビール会社一筋に、海外でも活躍

 

―どのような仕事をしてきたのですか?

住吉 新卒でサッポロビールに入って以来、ずっとこの会社ひと筋です。一番最初の任地は東京で、西東京エリアの営業担当からスタート。酒屋さんや料飲店さんに行って社品を取り扱ってもらう仕事です。その後横浜地区の担当を1年やって、自ら手をあげて海外に行かせてもらいました。最初はフランスです。当時、パリに現地法人を設立しようというプロジェクトがあったのです。けれど、湾岸戦争などの影響もあり3年で撤退。

帰国してからは、海外事業部を経て、再び国内営業、足立区の営業を数年担当して、アメリカに行きました。アメリカでは「米国サッポロ」という会社があり、そこの社長を4年ほど経験しました。ちょうど40歳になる時、今から20年前のことです。当時20〜30人くらいのスタッフがいて、彼らをマネジメントする役割でした。

 

―その後は?

住吉 日本に帰ってきて、現在は「ポッカサッポロフード&ビバレッジ」という会社になりましたが、ソフトドリンクや食品などを扱うグループ会社のマーケティング部長や経営戦略部長などを経験しました。その後、サッポロビール本社へ戻って、海外メーカーとの提携や輸入関係の仕事。

その後、「恵比寿ビール記念館」というブランド博物館の立上げや、広報、ワインや洋酒関連の事業部長、お客様センターの長をやって、2016年ふるさとの札幌へ。北海道本社に転勤になりました。

 

―得意分野はどのようなことですか?

住吉 仕事上で一番長かったのは海外関係の仕事。わたしのコアスキルとしては、海外企業との提携や交渉といった仕事でしょうか。輸入ならば、海外の有力ブランドとの代理店契約を結ぶとか。輸出だと、自社の製品を輸出するための販路開拓や契約、あるいはM&Aや海外生産をするといった交渉や折衝。

何回か転職したいと思ったこともありました。けれど、結果的にずっといたのは、やっぱりこのビールが好きだったからでしょうね。会社よりサッポロビールが好きなのです(笑)。

 

―ドラッカーを知ったのはいつ?

住吉 ドラッカーはわたしがアメリカに赴任していた時に知りました。日本では『ハーバードビジネスレビュー』誌が話題になっていたころ。ちょっとしたドラッカーブームが起きていました。そのころ、ドラッカー本は英語のペーパーバックで読んでいました。英語で読む方が時間はかかります。でも、書いてあることは英語版の方がわかりやすい(笑)。

例えば「成果」ということば。英語では、リザルトと書いてあったり、パフォーマンスということばを使っている部分もあります。上田惇生先生訳の「ドラッカー名言集エターナル版」(ダイヤモンド社)で読んでいてわからない部分は今も英語版を開いて理解しています。

 

インタビューに答える住吉さん

 

―ちなみに佐藤等さんとは学生時代の同期?

住吉 はい、そうなんです。大学の同期生でありスキー部の同期です。学生のころは、佐藤さんもわたしも冬はスキーばっかりやっていました。大学には行かずに、朝から晩まで天狗山スキー場に直行直帰していたほど。昼飯食べに学校の学食に行くくらい。夏はその資金稼ぎのアルバイト生活です。でも、彼はみんなの知らないところできちんと勉強をしていたのですね。会計士の勉強とか。努力の人なのです。

わたしがドラッカーに触れた頃、時を同じくして、佐藤さんもドラッカーに傾注していったころと重なります。彼の本業は会計士でありながら、あれだけドラッカーを学び研究してきた姿はすばらしいものがあると思っています。

 

 

ドラッカーのDNAを浸透させたい

 

―社内でドラッカー研修会を行う?

住吉 3年半前、札幌に転勤になった時に、ドラッカーをもう少し詳しく知ってみたいなという気持ちが芽生えました。会社に対しても、ドラッカーの考え方を浸透させていけば自社の強みにもなるのではないかと考えたのです。ここ北海道本部はサッポロビール社にとって創業の地。ブランド力が強いエリアです。

ある時、マネジャーや支店長を集めた社内研修をやろうという話になりました。上司の理解もあり「ドラッカーをテーマにしたマネジメントを勉強しよう」という流れになりました。結果、大学同期の佐藤さんに講師役をお願いして社内研修を実施しました。

 

―実施してどうでしたか?

住吉 「ドラッカーの名前は知っているけど」とか「どっかの研修に出てきたよね」でした。どちらかというとマネジメント哲学や学問だという印象が強くて、実践的なものではないという反応。「いまさら」感も多かったですね(笑)。

佐藤さんの研修の中で、事例のひとつとして、強力なライバルの成功物語、『キリンビール高知支店の奇跡』(講談社+α新書)が取り上げられました。あれは、「冷静に読もうね」と社内では話していました(笑)。

 

―その後、読書会をスタート?

住吉 ドラッカー研修をした後、月に1回、読書会を始めることにしたのです。2017年の7月から、ずっとやっています。この読書会のファシリテーターはわたしが務めています。参加者は12〜13人。『経営者の条件』はもう2回読みました。独自路線で本を選択、『マネジメント』や『現代の経営』などを読破してきました。参加するマネジャーは、最初はむりやり感がありましたが、今は、積極的に参加しています。読んで実践につながっているかは、まだまだですかね。

かつては、会社都合のモノづくりとか、スケジュール組みということがありました。でも「それは顧客目線か」と。商品にしてもキャンペーンにしても、そもそも何のためにやるのか。単なる数字合わせだったり、自分たちの想いだけであったりではダメだという認識が高まってきました。自分で納得した部分は行動につながると思っています。特に『経営者の条件』は数年前から取り組んできている「働き方改革」のテーマと重なる部分が多い本。時間を記録することに始まり、セルフマネジメントについて書かれています。マネジャー自身がどう自分をマネジメントしていくかといった点のみならず、組織をマネジメントする立場で、大変、参考になっていると思っています。

 

―一般社員にも広げて?

住吉 一般社員向けのドラッカー読書会もスタートさせました。毎月第4月曜日の朝8時から1時間です。10人くらい参加しています。北海道本部にはざっと100人くらいのメンバーがいます。マネジャークラスとこの一般社員向けと2つの読書会を合わせると、全体でドラッカーを学んでいる比率としては2割ほどになります。少しずつ浸透させています。

当社にはキャリア研修としていろいろな研修の機会はあります。しくみができています。自己啓発では通信教育のシステムも整備されています。勉強したい気持ちがあれば会社からの金額補助もあります。そういった部分では、当社は比較的進んでいる方ではないかと思っています。

 

サッポロファクトリーの前で住吉さん

 

―好きな本は何ですか?

住吉 最初は『マネジメント』が好きでした。でもほかの本を読んでみると、例えば『企業とは何か』もおもしろかった。一番読んでいるのは『経営者の条件』ですかね。読書会という場があるので、半ば強制的に読んでいる部分もあります。好きな部分は「貢献」のところです。「成果をあげるには、自らの果たすべき貢献を考えなければならない。手元の仕事から顔を上げ目標に目を向ける。組織の成果に影響を与える貢献は何かを問う。そして責任を中心に据える」。

会社という組織で仕事をしていると、異動も含めて、自分の思いどおりに行かないこともある。その時、決まった枠組みの中で、自分は組織に対して、社会に対して、どのように成果につなげることができるのか。「貢献は何か?」を自らに問いかけることで、自分の強み・できること・経験値もわかってくる。逆に足りていないものもわかってきます。なので、貢献を考えることが、成果をあげる上でのスタートではないかと思います。

 

―今後の想いは?

住吉 ドラッカーのことばが仕事の日常において共通言語になった組織になってほしいと思っています。ドラッカーマネジメントが社員の基本スキルとして浸透していけばうれしい。転勤で札幌に異動になって、ドラッカーにふれる。そしてまた全国や海外に転勤していく。その時にドラッカーマネジメントがDNAとして残っていくような組織になればいいと思っています。

 

―個人としては?

住吉 来年は会社の定年になります。どうしましょうか(笑)。いろいろと考えている最中でもあります。具体的に決めていません。実は、家族と家は横浜なのです。逆単身赴任です。まだ漠然とですが、出身地である札幌や北海道に貢献できる仕事ができたらいいなと。今までの知見を活かして、これから成長したいと考えている会社のお手伝いをするとか。

人生100年時代ですから、ドラッカーを学んだ者として、第2の人生に活かしたいと思っています。

 

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花岡 俊吾
アウドドアライター/記事制作者   1965(昭和40)年、北海道恵庭市生まれ。高崎経済大学卒業、(株)ピーアールセンターにて広告・マーケティング業務に従事。2007年独立、「北海道体験.com」のプロジェクトに参画。人口減少の道内経済に貢献すべく、北海道の新しい体験観光情報の発信をライフワークにする。カメラを片手に、年間100日以上をアウトドアフィールドやキャンプ場の取材活動。新聞記事連載やWEBコンテンツ制作がメインの仕事。P.F.ドラッカーの読書会、札幌ビジネス塾に10年以上通い、上田惇生先生のサイン入り『経営者の条件』は家宝。著書に『アウトドア&感動体験ガイド北海道』(北海道新聞社)。休日はマラソンと登山に勤しむ。

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