1パック598円のイチゴは売れませんが、桐の箱に入った5個で2万円のイチゴは完売しているのが現代の消費者の不合理な購買行動なのです。これまでの伝統的な経済理論では説明できない購買行動が業界を問わず起きています。
消費者の購買行動は合理的なものと考えられてきました。しかし①安いより高いものが売れる②新しいより古いものが好き③便利より不便さを体験したいなど、上記のイチゴだけではなく、モノやコトを欲する不合理な人間の心理を解析することでPOPコンテンツも進化し始めています。
POP広告の手法の一つとして「変調訴求」があります。これまでの購買行動では、価格が上昇すると需要が減少しますが、「変調」な価格設定をすることで価値が上昇したように感じ(または錯覚し)需要が増加します。
「変調」とは文字どおり“消費者の調子を変えること”で訴求します。価格設定だけではなく、当たり前や常識だと考えられていた価値から少し外れることが消費者の不合理な購買行動の認知となった一つの因子です。
画像1のように、これまで考えられない不合理な部分を価値化することが企業を成長させる訴求ポイントになる時代の到来です。
(画像1)
今回のテーマ“顧客は常に合理的である”をPOPコンテンツの視点で触れていきます。
『顧客は合理的である。不合理であると考えるのは危険である』
『顧客の合理性に適応すること、あるいは顧客の合理性を変えようとすることが、メーカーや供給者の仕事である。そのためにはまず、顧客の合理性を理解しそれを尊重しなければならない』
(創造する経営者p122、123)
ドラッカー教授(以下、ドラッカー)の言葉から、まずは合理性を理解しようと思います。
(画像2)
画像1と2を比べてわかることは、人間の感情(心理)が作用しているかいないかの違いです。画像2は、これまでの購買行動理論で人間の感情(心理)を考慮しない「合理的な購買行動(以下、合理的な購買)」です。もう一方の画像1は、人間の感情(心理)が購買行動の意思決定に影響を与える「不合理な購買行動(以下、不合理な購買)」です。
どちらの購買行動が正しいor誤りかではなく、理論として両方とも存在します。しかし、どちらの購買行動が新しいor古いとなると、「不合理な購買」が新しい理論と位置付けられます。
消費者には“欲望、愛執、嫌悪、見栄、疑問、恐怖”などの感情(心理)が購買に作用します。これらによって画像2から画像1へ購買行動が変化するのです。経済アナリストが株価を予想できなかったり、景気判断を誤ったりするのは、消費者の感情(心理)までは読み取れないからです。このような身近にある現実から「合理的な購買」では説明できない… 「購買時点(POP)」における感情(心理)を考慮しなければならない場面が増加しています。
購買行動の視点を長期でみると「合理的な購買」であり、短期や瞬間的な場面では「不合理な購買」に至るケースが比較的見受けられます。このことは明らかに感情(心理)が影響しています。
<第1回>で触れたように、メディアもマスメディアからソーシャルメディアへ移行してきている背景からも、合理的と画一的に当てはめることが大衆(マス)時代には都合が良かったのかもしれません。
個それぞれが価値観を発信できる昨今、不合理である現実が表面化し、あたかも新しい理論であるかのように感じているのかもしれません。
そう考えると、「合理的な購買」と「不合理な購買」の境界がどこにあるのか…。価値観が異なれば、境界の設定も意味をなさない…。だからといってそれぞれの価値観を否定するのではなく受け入れ、尊重することがより大切です。
例えば、ギルトフリーという購買行動が注目されています。ギルトとは“罪悪感”のことで、罪悪感なく自己の欲求を満たすことができる商品の需要が増大しています。これまではカロリー控えめな商品の需要が高まっていました。健康志向という世の中の流れもあるからです。もう一方では頑張った自分に対してのご褒美として高カロリーの商品を思う存分堪能する購買行動が発生しています。
このような事例から、何が“罪悪感”なのか?前述したように、価値観の違いで異なるため、一括りに「合理的な購買」と「不合理な購買」を分類する難しさがあります。
打つ手としては、ある指標を設定することで現場(買場)での購買行動の一つ一つを分析し、「不合理な購買」に当てはまるのではないかという仮説を立てることにしました。
一つ目の指標は先ほど少し触れた「変調」です。この視点で「不合理な購買」のケーススタディをみていきましょう。
そこでもう一つ、別な農家さんの実例です。乾燥野菜を加工し、量販店に流通しております。当初、1袋350円で値付けをしていましたが、販売個数は伸び悩んでいました。手間を考えるとこの値付けでは採算がギリギリであり、工程を見直す必要に迫られました。品質を低下させて市場を拡大する方向に舵を切ることも検討しましたが、結果、値付けを再検討し、倍近くの1袋600円で売場展開を図りました。手間の価値を伝え、乾燥野菜に値ごろ感を超えた価格設定をしたことで“消費者の調子を変えること”に成功したのです。販売個数は2倍以上に増え、人手や設備の投資へと拡大しています。
<メソッド1>
消費者は判断の難しい対象に「変調」を信頼する傾向があります。
二つ目は「同調」です。「変調」と似て非なるメソッドです。宇都宮と言えば餃子をイメージするのではないでしょうか。餃子店での実験を実例として進めます。画像3の左の事例は、実験前から掲示していた“餃子 一人前 350円”のPOPです。どこにでもありそうな価格訴求型で、店内にはこの餃子以外にも数種類のメニューがあります。そのため、注文に悩む消費者が多く、「同調」というメソッドが全く効いていないPOPです。右の事例は“1週間で500食達成しました!”というキャッチコピーがあることで「同調」が効いているPOPです。
(画像3)
それでは「同調」とは何なのか?人は選択肢がありすぎると選べない… これを解決するためのメソッドが「同調」なのです。“仲間外れや他人と異なることに不安を抱き、大衆が支持しているモノやコトを信用する”ことです。つまり周囲と同調することで不安は解消されるため、そのような購買決定(意思決定)を行ってしまうのです。“1週間で500食も”みんなが食べていることで不安が解消されます。ポイントは400円と値上げを図っても以前より注文数が増えたということです。“不合理な購買”であることは理解できるところです。
(画像4)
行列に並んでしまう行動(画像4)はまさに「同調」です。合理的な判断をするならば、時間のかからない右の店舗へ足が向かうはずです。しかし、人が支持している店舗を選択することで不安が解消されるために多くの消費者は同様の購買決定(意思決定)をしてしまうのです。
<メソッド2>
消費者は多くの支持がみえると「同調」という“不合理な購買”を選択します。
ここまで2つのケーススタディ「変調」「同調」を開示しました。どちらも合理的に考えると販売個数(注文数)が減少するはずです。しかし、両方とも全く逆の結果となっています。
他のケーススタディについては、<第5回>顧客は常に合理的である(後編)へ続く!
これまでの連載
<第1回>事業とは価値転換プロセスである(前編)
<第2回>事業とは価値転換プロセスである(後編)
<3回目> 顧客はドリルではなく穴を欲している