前回、消費者の反応の良いPOPコンテンツづくりのうちの一つが、「われわれの顧客は誰か」ということに触れてきました。
もう一つの「顧客にとっての価値は何か」に焦点をあて、POPに生かすことについて進めていきます。
「われわれの顧客は誰か」
この言葉をPOPで解釈すると「誰にすすめたいか」となります。
「顧客にとっての価値は何か」
この言葉をPOPで解釈すると「どんなメッセージをその人に伝えたいか」となります。おすすめしたい誰かを明確にしたうえで、考えることが重要です。
前回、POPでつながっている方々としてもしドラの岩崎夏海さん、札幌大学副学長の小山茂教授の名前を挙げさせて頂きました。もちろんお二人以外にも佐藤先生はじめ多くの方々のご支援を頂いております。その中でもう一人ご紹介したい方が2017年8月にお亡くなりになりました久住書房の久住社長です。
「売れない文庫フェア」や「小学生、中学生はこれを読め」など全国で話題になったユニークなイベントを開催していました。
生前多くの手描きPOPで成果を上げられ、徹底して意識されていたことが「どんなメッセージをその人に伝えたいか」でした。「顧客にとっての価値は何か」を手描きPOPで表現されていました。
久住社長のその成果の一端を取り上げることが説得力があると感じます。
〔久住社長談(2013年)〕
子供たちにすぐ使える手描きPOPの指導を年に2,3回行っています。なぜこのような取組みを行っているのか?2003年、閉店の危機となりました。書店員(社員)を集めて事情を説明しましたが、最後の最後まで書店をあきらめる気持ちはありませんでした。それはこれまでいろんな本を読み漁っていて、何度も本に助けられていたからです。本にはすべての答えがあると日頃から子供たちに伝えています。それをお手伝いするのが本屋なのです。なぜ本を読んだらよいのかを話しています。
久住書房には1階から2階に通じる階段があります(画像1)実は、札幌市円山動物園に“奇跡の階段”と呼ばれる場所があったのはご存じですか?札幌市円山動物園に関係のある出版社の方から教えて頂き、その方から「久住書房の階段も“奇跡の階段”にしてください」と言われたのです。早速見に行ったのですが、一般の人が入れない建物で、1階が展示場になっており2階に飼育員(職員)さん達の事務所になっています。当時、来場者が100万人を割り60万人まで落ち込んだ時でした。来園してくれた子どもたちから送られてきた喜びの手紙「昨日は楽しかった」「頑張ってください」などのメッセージを階段の壁面に掲示するようになりました。毎朝飼育員さん達はその手紙を読みながら仕事に就くのが日課となり、いつの間にかメッセージで壁面がビッシリ埋め尽くされていきました。いつしか“奇跡の階段”と呼ばれるようになったのです。
それで書店にとって同じような発想は何かなと考えたときに、子供たちのPOPだろうと思ったのです。(画像2)
(画像1)
(画像2)
出版社からは印刷されたキレイなPOPが届きます。しかし威力がありません!付けても売れない…なぜかというとキレイすぎるのです。本と本の間に貼ってあっても全然目立たないのです。だから、付けても意味がありません。
そのうち、手描きPOPの効果があちこちの書店で認知され始め、のろしを上げるように増えていったのです。そして今から10年くらい前にある人が「鳥肌が立った」という言葉を考えたのです。それを使ったPOPを本の上に付けてその書店ではすごい売上になったのです。それを新潮社が注目してその手描きPOPをそのままコピーして全国の書店に配布しました。その結果、全国でベストセラーになったのが「白い犬とワルツ」という結構前に出版された本です。
もう一点は「思考の整理学」という本が3年ほど前からベストセラーとなっていて175万部。なぜ売れたかというとある書店員さんが描いた1枚のPOPです。それは「もっと若いうちに読んでおけばよかった」というキャッチコピーだったのです。繰り返しますが、たったこのキャッチコピーだけで175万部(2018年時点ではすでに225万部以上)これらすべてが手描きによるPOPの威力であちこちで発揮されています。
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〔補足〕
「白い犬とワルツ」の話は、当時、POP業界でも話題となりました。まだ出版業界に手描きPOPが浸透していなかった時代です。この手描きPOPは出版業界にイノベーションとまでは言えなくても、間違いなく手描きPOPを作れる書店員さんの業界内での地位は変化しました。
ここまでの久住社長の話の中で「顧客にとっての価値は何か」にはまだ触れていません。しかし、何らかの価値を体験した動物園来園者の子供たちとのエピソード“奇跡の階段”は、「顧客にとっての価値は何か」を見える化したことによるものだと感じます。
動物(商品)を通して価値を提供する動物園。そして、本(商品)のもっている価値がどのようなメッセージになって伝わるのか。久住社長の話は続きます。
〔久住社長談(2013年)〕
それでは久住書房の成功事例を何冊かご紹介します。まずは「HO(ほ)」という全く売れていなかった雑誌です。出版社の営業マンが来て。
出版社「久住社長なんとかしてください!」
久住社長「よしわかった!ところでこの表紙の写真は何?」(画像3)
と聞いたら、これはねって教えてくれたのですが…
久住社長「じゃあ、それをPOPにしようか!」
と提案しました。
当時の手描きPOPはすでに手元にはありませんが「この表紙は何かわかりますか?答えは37ページ」というキャッチコピーを付けました。そうするとその手描きPOPの前を通った方がみんな雑誌を広げて見るのです。あっという間に10冊あったのが売り切れたのです。そして出版社へ追加発注を出しその後何度も繰り返し発注しました。実は、表紙のコンテナ風の建物はカフェです。ここは崖の上にせり出すようにして建っています。
(画像3)
次は「絶叫委員会」(筑摩書房)です。北海道新聞社からクリスマスのおすすめの本を教えてくださいという依頼でした。これは大人におすすめした滅茶苦茶面白いので読んでみてください!夜寝どこで読んでいたら面白くて全然眠れなくなった経験があります。年が明けたときにどういうPOPを作ったかというと「昨年、笑えなかった方に」としました。結果、昨年笑えなかった方にすごく共感してもらえました。とても売れたのです(驚)笑えなかった人が沢山いたのでしょうね(笑)
次は「love」(画像4)というお気に入りの本です。どこの書店にも置いてなく取扱われていない本でした。私が発見したようなものです。POPがあるのでご覧ください(画像5)さっきの「鳥肌」をちゃっかり活用させて頂きました(笑)POPを付けるとみんな最後の4文字だけ見ようとしますが、それは駄目で最初から読んでいかないとわからないので鳥肌は立ちません(笑)
(画像4)
(画像5)
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〔補足〕
価値というと、物理的な価値を伝えがちです。性能や素材がどうだとか、色やデザインがああだとか。間違いではないのかもしれませんが、これまでの事例に共通する点は「鳥肌が立つ」「もっと若いうちに読んでおけば良かった」のように心理的部分の価値を伝えることで購買心理に働きかけています。
「この表紙は何かわかりますか?答えは37ページ」は、ドラッカー的な問いを生かしたPOPです。
これらの事例を書店や本という商品の成功事例だと限定せずに業種業界問わずに応用できます。
「昨年、笑えなかった方に」はまさに前回の「われわれの顧客は誰か」であり、対象を明確にしただけでレスポンスの高さを証明しています。
まだまだ紹介しきれません!次回に続きます。
これまでの連載
<第1回>事業とは価値転換プロセスである(前編)
<第2回>事業とは価値転換プロセスである(後編)
<3回目> 顧客はドリルではなく穴を欲している
<4回目> 顧客は常に合理的である(前編)
<5回目> 顧客は常に合理的である(後編)
<6回目> 顧客とは決定権をもつ者、拒否権をもつ者である(1)われわれの顧客は誰か