「今後の事業の行方について不安がある」
「経営の方向性がわからなくなってきた」
「新規事業に手を伸ばすべきか迷っている」
このような悩みはないだろうか。経営の意思決定の根本は「ミッション」である。それは企業理念よりも重要である。「ミッション」なき事業運営は取り返しのつかない過ちを招く。
ミッション(mission)とは、「使命」「任務」のことである。世界中の経営者が独自のミッションを掲げている。
なぜミッションが必要なのだろうか。端的にいうと、ミッションは「何のために事業を行っているのか」という企業の存在理由と直結しているからだ。
ミッションとは |
使命、任務。「何のために事業を行うのか」という企業の存在理由に関わるもの。“誰に貢献するのか”、“どんなことで社会の役に立ちたいのか”という「組織の外側」に視点が向けられている。 |
ではどのようにミッションを見出せばよいのだろうか?ミッションは企業の存在理由を定義するため、そう簡単に決められるものではない。しかしミッションの方向性を間違うと、経営指針や意思決定を誤ってしまう恐れがある。
そこで今回は、「マネジメントの父」と称され、世界中の実業家に多大な影響を与えたピーター・F・ドラッカーの語る「ミッション」を参考に、どんな観点でミッションを定めるべきかについて細かく解説していく。
この記事を読めば、自分の事業の存在理由を「社会貢献」という視点で考えられるようになり、揺るがない信念のもと、自社のミッションを力強く定義できるようになるだろう。
またミッションを社員と共有することで組織に連帯感が生まれ、経営者から従業員までが「貢献」というキーワードを共通言語にして仕事に取り組めるようになる。
なぜ組織にはミッションが必要なのか?4つの理由
「重要なのはカリスマ性ではない。ミッションである。したがってリーダーが初めに行うべきは、自らの組織のミッションを考え抜き、定義することである」
(ドラッカー『非営利組織の経営』)
①ミッションがなければ「醜い会社」になる
利益追求主義の姿勢では、悪徳や法令違反を繰り返す「醜い会社」になってしまう。それは組織という「道具」を間違って使ってしまったからである。ミッションで組織のあるべき姿を方向づけなければ、安易な儲け主義になり、結果として寿命の短い会社になるだろう。
②ミッションが組織を方向づけて「美しい会社」にする
「組織はすべて、人と社会をよりよいものにするために存在する。すなわち、組織にはミッションがある。目的があり、存在理由がある」
(ドラッカー『経営者に贈る5つの質問』)
何のために企業は存在するのか。ドラッカーは企業が“社会貢献”をするために存在すると考えた。「成果は外にある」とドラッカーは強調する。
売上げや利益は、あくまでも組織の都合である。真の成果とは、社会や顧客に何らかのプラスの変化のことである。“利益こそすべて”という浅薄な考えを脱ぎ捨て、社会貢献という使命(ミッション)に気付いたとき、企業ははじめて世の中にとって有意味な存在となる。
ミッションのためなら、ときには利益がほとんど出ないことも覚悟しなければならないだろう。それでも終始一貫やりとげて、確かな成果をあげた企業も存在する(実例は後述)。それこそがまさに、ミッションがもたらす「美しい会社」である。
③ミッションがリーダーシップを生み出す
多くの人が、「リーダーシップ」と「カリスマ性」を混同する。“たった一人のカリスマ”が組織を改革するなどというのは、ビジネス小説や映画のフィクションにすぎない。そのカリスマが去ったときに組織が崩壊するのは自明である。
リーダーシップを個人に求めてはならない。組織を永続させる真のリーダーシップとは、ひとえに使命感すなわちミッションから生まれる。上司が組織のミッションに誇りを持ち、ミッション達成のために為すべきことを成せば、意思決定に一貫性が生まれ、おのずとリーダーシップは発揮される。
④スタッフが主体性をもって働けるようになる
「カネ」でいい人材を集めることはできない。仕事のモチベーションをカネに求めている者は、「貢献」ではなく「自分への処遇」に焦点が向きがちになる。当然、自主性も積極性も生まれない。ミッションなき仕事は、やがて不正を招く。不都合なことがあると自己保身に走る。
しかしミッションを組織内で共有できていれば、「貢献」を共通言語にできる。メンバーはミッションにもとづき意思決定を行い、積極的にアイデアを提案できるようになる。そうした実例は枚挙に暇がない。
ミッションをつくるための3つの視点
「明確かつ焦点の定まった共通の使命だけが、組織を一体とし、成果をあげさせる」
(ドラッカー『ポスト資本主義社会』)
①「世の中への貢献」から問いをスタートする
まずは以下の点を考慮しながら問いを深めていこう。
- 状況が何を求めているか
- 自己(自社)の強み、仕事の仕方、価値観を考えたときに、どんな最大の貢献をなしうるか
- 世の中を変えるためにはどんな成果をあげるべきか
②ミッションは必ず一つに絞る
組織のミッションは一つでなければならない。さもなければメンバーは混乱する。組織が進むべき方向は一つである。メンバーの誰もが明確に理解できるようにしなければならない。
③「顧客にとっての価値は何か」を問う
「顧客が買うものは製品ではない。欲求の充足である。顧客が買うものは価値である。これに対し、メーカーが生産するものは価値ではない。製品を生産し販売するにすぎない。したがって、メーカーが価値と考えるものが、顧客にとっては意味のない無駄であることが珍しくない」
(ドラッカー『マネジメント』)
「企業」という組織は、顧客から金銭を得ることで存続している。顧客は満足に対して対価を支払う。ゆえに顧客の満足に貢献することが、そのまま社会貢献につながる。
そのため、まずは顧客が何を価値と考えてお金を出しているのかについて、深く考えなければならない。“売りたいものを売る”や“自分たちがいいものと考えているものを売る”といった、「製品志向」の発想はNGである。
そうではなく、“顧客はなぜこの商品を買ったのか”を深堀し、彼らを行動させる根源である“潜在ニーズ”(本能的欲求)を見出さなければならない。そこでようやく、「顧客にとっての価値は何か」が見つかるはずだ。
ミッションをつくるための問い
以下では、ドラッカー学会理事の佐藤 等 氏が著書『ドラッカー教授 組織づくりの原理原則~挫折と克服の13の物語から、事業マネジメントの核心を学ぶ』で読者に問いかけた質問を、一部抜粋して紹介したい。それらの問いに答えられるようになれば、ミッションの輪郭がよりハッキリしてくるだろう。
- Q1. あなたの組織のミッションから導き出される「行うべき活動」は何ですか?
- Q2. あなたの組織のミッションから導き出される「行うべきではない活動」は何ですか?
- Q3. 組織のミッションを貫くため、たとえ儲かったとしてもやらない事業は何ですか?
- Q4. 組織のミッションを貫くため、たとえ利益が薄くてもやるべき事業は何ですか?
- Q5. あなたの組織の「特定の使命(ミッション)」が果たされたとき、どんな人たちのどんな明るい未来が待っていますか?
企業のミッションの事例
事例1. 『キリンビール高知支店の奇跡』の裏側で実践されたドラッカー【キリン】
1990年代に繰り広げられたアサヒビールとキリンビールの激しいシェア争い。その後、キリンビールは2001年にアサヒビールにトップの座を奪われた。後塵を拝したキリンビールは、しかし2007年に王者に返り咲く。その立役者は、1995年に高知支店に“左遷”された田村潤 氏だった。
田村氏は、住民とのコミュニケーションを通じて、高知県民がキリンラガービールに深い思い入れを持っていることを知った。そして、「負け癖がついたチーム」として落ちこぼれの烙印を押されていた高知支店のメンバーは使命感(ミッション)に目覚めたという。
使命感(ミッション)に燃えるメンバーが、積極的に動いた。膨大な顧客訪問を行ったこともあった。営業力が鍛えられただけでなく、顧客との直接のコミュニケーションにより、キリンラガービールに誇るべき顧客価値があると確信が持てるようになったという。
お店一軒の訪問で使える時間はせいぜい3分。どうすれば店主の心がつかめるだろうか?
商売に役立つ情報を教えれば相手が喜んでくれることがわかった!
土佐弁のポスターでキリンラガービールをアピールすれば面白いかもしれない。
メンバー一人ひとりがみずから考え、アイデアを出した。なぜ、「負け癖」のついていたメンバーがこんなふうに変わることができたのか。それはまさしく、彼らが使命感(ミッション)を共通言語に仕事に取り組むことができたからである。
1998年、高知県でキリンラガービールのシェアが攻勢にでた。2001年には、アサヒビールの「スーパードライ」を抑え、県内首位の座に返り咲いた。昔からドラッカーを学び、高知支店でも実践していた田村氏は当時を振り返ってこう述べる。
「リーダーとしてやるべきことは全国でも高知でも同じだった。その本質をドラッカー教授は的確な言葉で表現してくれている」
事例2. カネはなくても信頼できる仲間が集まった!【北海道宝島旅行会社】
九州生まれ関西育ちの鈴木宏一社長は、大学時代にツーリングで訪れた北海道の自然の美しさに魅了され、「北海道宝島旅行会社」を立ち上げた人物だ。
リクルートの北海道支社に配属されてからは、仕事と並行して小樽商科大学大学院で地域経済について学びを深め、そこでドラッカーの著作と出会う。大学院で書いた修士論文がきっかけとなり、鈴木社長は起業を決意。
農家や漁師といった一次産業に携わる人々が、自ら地域の魅力を生かした体験型観光を展開し、地域経済に貢献する――それが北海道経済の理想なのだ、と。このビジョンを実現することが、「北海道宝島旅行会社」の明確なミッションなのだと確信したという。
そして鈴木社長はリクルートの退社を決意し、ついに起業を果たした。
だが、前途洋々とはいかなかった。問い合わせはまったく伸びず、起業当初からすでに閑古鳥が鳴いていた。借り入れ資金はあっという間に底を尽いた。一時は、債務超過にまで追い詰められた。
だが、大学院のときから心に誓ったミッションだけは、片時も忘れることはなかった。
やがて光明が見えてきた。カネはなかったが、次々といい人材が集まってきたのだ。彼らはみな、鈴木社長の掲げるミッションに共鳴していた。やがて北海道宝島旅行会社の事業は軌道に乗り始めた。
「ミッションを修士論文という形で文章化した体験は大きかった。ミッションが体に沁みこんでいるから、苦しくても諦めなかったし、共感する仲間が次々集まった」
「ミッションには、セレンディピティー(偶然の発見や出会い)を引き寄せる力もある」
鈴木社長は当時を振り返った。
「最初に考えるべきものはリーダーシップではない。ミッションである」
(ドラッカー『非営利組織の経営』)
鈴木社長はミッションを一貫し続けた。どんなに困難な状況にあっても、諦めずにミッションを行動で示し続けた。そんな彼の“真摯さ”が引力となり、偶然のような必然の出会いを引き寄せたのだろう。
事例3. 問いかけが主体性を生み出した!【南里英語教室】
「南里英語教室」を運営する南里洋一郎社長は、当時「なぜうちの社員は作業係のような働き方しかできないのか」という大いなる悩みを抱えていた。
指示がないと動かない。自発性がないから組織が回らない。工夫をこらして様々に提案してみるが、相手に響かない……。
そんなとき、南里社長は偶然、書店でドラッカーの本に出会った。“どんな答えを出すか”よりも“どんな問いかけをするか”が大事――ドラッカーの言葉に心を動かされた。
南里社長は、『経営者に贈る5つの質問』という120ページにも満たないドラッカーの本を買った。そこに書かれていた5つの問いを、スタッフと一緒になって考えた。
- われわれのミッションは何か
- われわれの顧客は誰か
- 顧客にとっての価値は何か
- われわれにとっての成果は何か
- われわれの計画は何か
この問いかけに対する答えを明確にすることで、組織の方向付けが定まり、南里英語教室は「指示命令型のマネジメント」から脱却できたという。
ドラッカーが提示する問い5つは、すべて連動している。ミッションなくして顧客はないし、顧客なくして成果はない。成果の定義がなければ計画も立てられないのである。
「正しい問いが、人と組織を成長させる」と南里社長はいう。
おわりに
ミッションが必要な理由 | ミッションがなければ「醜い会社」になるミッションが組織を方向づけて「美しい会社」にするミッションがリーダーシップを生み出すスタッフが主体性をもって働けるようになる |
ミッションをつくるための視点 | 「世の中への貢献」から問いをスタートするミッションは必ず一つに絞る「顧客にとっての価値は何か」を問う |
ミッションをつくるための問い | Q1. あなたの組織のミッションから導き出される「行うべき活動」は何ですか? Q2. あなたの組織のミッションから導き出される「行うべきではない活動」は何ですか? Q3. 組織のミッションを貫くため、たとえ儲かったとしてもやらない事業は何ですか? Q4. 組織のミッションを貫くため、たとえ利益が薄くてもやるべき事業は何ですか? Q5. あなたの組織の「特定の使命(ミッション)」が果たされたとき、どんな人たちのどんな明るい未来が待っていますか? |
今回紹介したピーター・F・ドラッカーは、現在でも多くの実業家に読み継がれるビジネスマンのバイブルである。当記事ではいくつかドラッカーの言葉を引用したが、少しでも琴線に触れるものがあれば、ぜひ一度、ドラッカーの著作を手に取ってみてほしい。
以下に、ドラッカー学会理事の佐藤 等がチョイスしたおすすめドラッカー本を紹介している。
実例と共にドラッカーの実践を学べる『実践するドラッカー』シリーズも好評なので、より読みやすさを求めるなら、そちらもおすすめである。
P.F.ドラッカー 著書一覧また、わたしたちDラボは、ドラッカー学会理事の佐藤等 氏が創設した読書会を主催している。ドラッカーの著作を仲間と共に読み進め、共有し合うオンライン読書会である。全国の経営者たちとつながり、“ドラッカー仲間”を増やせる貴重な機会なので、興味がある方はぜひ体験してみてほしい。
無料体験の説明をみてみる お気に入りに追加Dラボ
当サイトDラボを運営しております。
ドラッカーを学んだ経営者やビジネスマンが実際に仕事や経営に活かして数々のピンチを乗り越え、成功を収めた実例を記事形式で紹介しています。
また、「実践するマネジメント読書会」という、マネジメントを実践的に学び、そして実際の仕事で活かすことを目的とした読書会も行っております。
2003年3月から始まって、これまでに全国で20箇所、計1000回以上開催しており、多くの方にビジネスの場での成果を実感していただいています。
マネジメントを真剣に学んでみたいという方は、ぜひ一度無料体験にご参加ください。
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