「識者と友人の多くが本書を私の最も優れた著作としている」
ドラッカー教授は「1995年版のまえがき」をこうして始めました。『産業人の未来』(1942)、これがその著作タイトルです。第二次世界大戦のさなかにあって戦後の社会のあるべき姿を描こうとした秀作です。
同書は、この連載のテーマであるリベラルアーツとも深く結びついていいます。すなわち「自由(freedom、liberty―前者はゲルマン語系、後者はロマン語系)」を根底のテーマとしているからです。
目次
読み方1:人間観というコンセプトを理解する
ドラッカー教授の著作を読み進めるために重要なコンセプトに「人間観」があります。「経済人」も「産業人」も「人間観」です。なぜ重要なのか。
「人間の本質と存在の目的についての理念、すなわち人間観が、社会の性格を定め個人と社会の基本的な関係を定める」(『産業人の未来』p.29)からです。
「これらの理念のいずれもが、機能する社会、機能しうる社会、すなわち一人ひとりの人間が位置と役割をもつ社会の拠り所になるということである」(『産業人の未来』p.30)
同書では経済人から産業人へと人間観が変化する過程を描写しました。経済人は、第一次世界大戦前の150年間、機能した商業社会を支えた人間観でした。しかし、社会は依然として「商業を中核にもつ田園社会だった」のです(第3章19世紀の商業社会)。
このような社会で産業は生まれ、育ちましたが、産業は都市中心の社会へ変化し、社会の機能は不全化していきました。戦争と大恐慌の中、大衆は絶望し、その間隙にファシズム全体主義が入り込みました。大衆は安定の代わりに自由を差し出したのです。このような現実を前にして、産業人という人間観にふさわしい社会の構築は人類共通の目的だったのです。
ドラッカー教授は、「今日の産業社会の特徴は大量生産工場と株式会社にある。大量生産工場の組み立てラインは代表的な物的環境であり、株式会社は代表的な社会的機関である」(『産業人の未来』p.70)と述べました。これらは、産業社会を規定する2つの制度でした。
しかし、1世紀の現代では、大量生産工場は代表的な物的環境といえず、株式会社も非営利組織の存在や中核的な資源としてのお金の地位の低下により、その代表性が希薄化しています。資本主義の行き詰まりの議論は一つの象徴です。現代は、産業社会の制度を用いながら名もない次の社会に移行しているさなかといえましょう。
このように今も「人間の本質と存在の目的についての理念」は重要です。なぜなら「社会の性格を定め個人と社会の基本的な関係を定める」からです。来るべき社会の姿を考える基本フレームとして活用することを意識しながら読みましょう。
読み方2:『経済人の終わり』の回答書として読む
ドラッカー教授の処女作『経済人の終わり』(1939)には、人類が自由を手放すという過ちの過程が刻銘に描写されています。しかしそこには答えはなく、同書の目的が述べられているにすぎません。
「本書には明確な政治目的がある。自由を脅かす専制に対抗し、自由を守る意思を固めることである」『経済人の終わり』1939年「まえがき」
これに対して教授は、専制を駆逐すべく『産業人の未来』のテーマを「いかにして産業社会を自由社会として構築するか」(『産業人の未来』p.103)であるとしました。そのための条件を同書で示しました。教授はそれを「社会についての一般理論」とし、2つの条件を示しました。
「社会というものは、一人ひとりの人間に対して『位置』と『役割』を与え、重要な社会権力が『正統性』をもたなければ機能しない」(『産業人の未来』p.24)
ドラッカー教授は、「社会」そのものを定義することは難しいとし、「自由で機能する社会」を定義しようとしました。それが上記の2つの条件です。
教授は前作、『経済人の終わり』で絶望により自由を失う大衆を描き、これにつけ込んだファシズム全体主義の狡猾さを暴きました。そして本作、『産業人の未来』で大衆が自由を奪還するための条件を示したのです。それは政治学者として一つの回答を示す書となりました。しかしそれは、原理的な回答にすぎませんでした。真の回答は30年後に手にすることになります。教授は、この条件を来るべき産業社会と過ぎ去りつつある商業社会のはざまで考え続けました。
読み方3:「物語」が始まる―「機能する社会の物語」の起点として読む
『産業人の未来』は、一つの大きな「物語」の始まりです。
すなわち産業社会が機能する社会として成立しうるかの具体的な条件を探索する旅です。旅は『企業とは何か』(1946)を皮切りに、実に30年を経てゴールの『マネジメント』(1973)にたどりつきます。マネジメントというコンセプトは、この過程で誕生したものです。
「自立した組織をして高度の成果をあげさせることが、自由と尊厳を守る唯一の方策である。その組織に成果をあげさせるものがマネジメントであり、マネジメントの力である。成果をあげる責任あるマネジメントこそ全体主義に代わるものであり、われわれを全体主義から守る唯一の手立てである」まえがき●
ここでの説明は、ここまでにしておきます。
マネジメントとはリベラルアーツであるとのドラッカー教授の言葉は、ゴールにたどり着く過程にこそ、その本質が隠されているからです。
読み方4:政治学者ドラッカーの基盤にある保守主義の本質を身につける
ドラッカー教授は、『産業人の未来』で「私は本書の副題を『改革の原理としての保守主義』とした」と述べました。同書を読めば、真の保守主義とはどのような性格をもつものなのかを知ることができます。
「保守主義はいかなる領域も絶対視しない。精神の領域についても例外ではない。イギリスのエドマンド・バーク、ロバート・ウォルポール、ウィンストン・チャーチル、ベンジャミン・ディズレーリや、アメリカのジョージ・ワシントン、エイブラハム・リンカーンにとって、社会は多元的な存在だった」(『産業人の未来』まえがきⅴ)。保守主義の懐は深い。
「1776年と1787年のアメリカとイギリスの保守主義は、同じ理念に立っていただけではなかった。自由のもとにおいて機能する社会を実現するために採用した方法も同じだった」『産業人の未来』p.243。
1776年と1787年の保守反革命とは、アメリカ独立宣言とアメリカ合衆国憲法の成立です。反革命とはフランス革命を意識した言葉で保守主義に立脚した革命という方法によらない改革を意味しています。
理念と方法があってはじめて「自由で機能する社会」を実現することができる。それが保守主義者としてのドラッカー教授の信念だといえましょう。そして、それはときを超えて通じる原理と方法と考えているのです。
読み方5:もう一つの「物語」が始まる―イノベーション「物語」の起点として読む
ドラッカー教授の寄って立つ正統保守主義は、革命という方法を否定します。それは機能する社会を作る原理ではないからです。
教授は、『イノベーションと企業家精神』(1985)の「終章 企業家社会」で保守主義に言及しました。それは、イノベーションと企業家精神を正統な保守主義の系譜に連なるものと考えていたからです。教授の言葉です。
「『それぞれの世代がそれぞれの革命を必要とする』とはトマス・ジェファーソン晩年 の言葉である。同時代のドイツの偉大な詩人ゲーテも、その保守的な性向にもかかわらず晩年に同じ気持ちをうたった。『存在の理由はなくなり、恵みは苦しみとなる』いずれも啓蒙思想とフランス革命がもたらしたものへの幻滅を表していた」『イノベーションと企業家精神』p.309
「われわれはすでに、革命が幻覚だったこと、幻想、偽りの神話だったことを知る。しかし革命は成熟による腐敗から起こる。破綻から起こる。自己革新の失敗から起こる。われわれは、理論、価値、その他人の心と手によるあらゆるものが、年をとり、硬直化し、陳腐化し、苦しみに変わることを知っている。かくして、経済と同様に社会においても、あるいは事業と同様に社会的サービスにおいても、イノベーションと企業家精神が必要となる」『イノベーションと企業家精神』p.310
自己革新のための方法としてのイノベーションと企業家精神を身につけておかなかった結果として革命が起こると明言しました。
『産業人の未来』で教授が改革の原理として保守主義を示してから長い年月が経って『イノベーションと企業家精神』が生まれました。その間、世界は第二次世界大戦を終え、ドラッカー教授が「産業社会」と名づけた新しい社会を歩み出していました。さらに社会は継続の時代から断絶の時に入り、これを教授はポスト資本主義社会と呼びました。
このような時代にあって『イノベーションと企業家精神』は、機能する社会を実現する方法として示されました。同書はこのように正統保守主義の方法として位置づけられます。これらの系譜を意識しながら読むことはドラッカー教授の思想の基盤を知ることにつながります。
『産業人の未来』は、ドラッカー教授32歳の作品です。同書の舞台はアメリカです。自由な社会を目にしたドラッカー教授の思考が啓かれます。
ドラッカー教授は、「マネジメントは現代のリベラルアーツ」だといいます。ヨーロッパでファシズム全体主義を体験した政治学者ドラッカーだからこそ自由を希求し、その方法を探し続けたのでしょう。教授の著作を読むということは、その探求のプロセスを共有することにほかならないのです。
次回は、政治3部作の第三の書『企業とは何か』(1946)の読み方です。




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