イチローの野球人生/名言から学ぶマネジメント―『現代の経営』に出てくる3人の石工の話―はたしてイチローは何番目の石工なのか(その1)

【引退会見最後の質問】――前のマリナーズ時代、何度か「自分は孤独を感じながらプレーしている」と話していた。ヤンキース、マーリンズとプレーする役割が変わってきて、去年ああいう状態があって今年引退。その孤独感はずっと感じてプレーしていたのか。それとも前の孤独感とは違うものがあったのか。

「現在それ(孤独感)全くないです。今日の段階で、それは全くないです」

イチローはその後、自分が外国人であること云々と会見で述べ、次のように明言しました。

「孤独を感じて苦しんだことは多々ありました」

つまり以前は孤独感はあったが、今はないというのです。

イチローの孤独感とは何か。

なぜそれは解消されたのか。

私が引退会見を聞いていて頭に浮かんだのは、ドラッカー教授の『現代の経営』(1954)に記された石工の挿話でした。

イチローは何番目の石工なのだろうか

中世の工事現場を通りかかった人がその現場で働く石工に「何をしているのか」と問いかけます。

一人は「これで食べている」と答えます。

もう一人は「この国で一番の仕事をしている」と答えました。

最後の一人は「教会を建てている」と答えると答えました。

ドラッカー教授は3人に対して次の様に評価します。

もちろん、第三の男があるべき姿である。第一の男は、一応の仕事をする。報酬に見合った仕事をする

問題は第二の男である。職人気質は重要である、それなくして立派な仕事はありえない。事実、いかなる組織も、そこに働く者に最高の腕を要求しないかぎり堕落する。しかし一流の職人や専門家には、単に石を磨いたり、瑣末な脚注を集めたりしているにすぎないにもかかわらず、何かを成し遂げていると思いこむ危険がある。一流の腕は確かに重視しなければならないが、それは常に全体のニーズとの関連においてでなければならない」。

はたしてイチローは何番目の石工なのだろうか。

チーム低迷下でのメジャーリーグ記録更新

「今年の僕は、常にチーム全体を見る目を持てているんですよ。去年までは自分を中心とした視野になっていて、僕の状態がいい時期だけは視野が広がるという感じだったんですけど、今年は自分の状態がよくないのにチームのほうにも目を向けられる。ここまでの僕の成績は良くなかったけど、常にチームが目指すものと同じ方向を向いていられたんです」―渡米3シーズン目の2003年5月、開幕から1か月、2割5分で低迷するなかでの言葉。

ここに職人気質のイチローが表現されています。

その一年後の2004年5月、チームが苦境にあるとき次のように答えています(監督は2003年から就任したボブ・メルビン)。

「チームの調子が悪くても自分が崩れることは考えません。集中してやっているので、余計なことは、考えません」

チームの調子が悪くても「余計なこと」と言い放つイチローのメンタリティー。

結局この年、マリナーズは最下位となります。一方、イチローは262安打を放ち84年間破られることのなかったメジャーリーグのシーズン最多安打記録を更新。イチローの強靭な信念なくしてはなしえなかった偉業です。

孤独の淵へ

さらにチームは翌年(2005)も最下位になります。イチローも渡米以来最低と表現する年を過ごすのです(206安打)。イチローはシーズンを振り返ります。

「僕の中では最低のシーズンだったと思います」

しかし直後にこんな怒り含んだ心境を吐露しています。

「あの試合は、僕らが選手としての価値を示すべき場だったと思うし、みんなの野球に対する気持ちが一番、表れる試合だったと思うんです。選手が志すもの、野球に対する気持ち、ファンに対する思い、自分に対するブライド、そういうものがすべて凝縮される一日だった。でも、僕はそういう気持ちを誰からも感じられなかったし、それを見ようとする監督やコーチもいなかった。ただ淡々と試合が進んでいくだけで……本当はこんな話はしたくないんです。でも、これは聞かれればきちんと答えなくてはいけないと思いました。最下位のチームのために、お金を払って球場に来てくれたというファンがいましたからね。だからこそ僕はいいプレーをしたかったし、それができなかったことがものすごく悔しかったんです」

69勝92敗。ダントツの最下位で迎えた最終戦。プレイオフに進まないチーム同士の消化試合。漫然とこなすチームメイト、空回りする自分へのいら立ち。

低迷するチームを率いる監督マイク・ハーグローブがシーズン中のミーティングで発した「苦しいときほど、チームのために頑張ってくれ」という言葉に疑問をもつイチロー。彼は「苦しいときほど、自分のためにやるべきではないのか」と考えていました。

そこには、選手としてチームのためにすべてやっているという前提があります。それでチームの結果がでないなら今まで以上に自分の役割を果たすしかない、そう考えるイチローとベンチがかみ合うことはありませんでした。

イチローはこう考えていました。

「強いチームというのは、個人があってチームがあると思うんです。個々が持っている力を発揮して、役割を果たして、それが結果としてチームとしての力となる。でも弱いチームはそうではない。個人の力が発揮されない、だから勝てない、チームのためにという言葉でごまかして個人の力を発揮できないことへの言い訳を探す、そうしたらもっと勝てなくなる…悪循環ですよね」

典型的な信念対立ともいえる状況。仮にイチロー側に立てば、チームで個の力を発揮するためのマネジメントを手抜きする現場監督の能力の問題ともいえます。何といっても2001年に球団史上最高の116勝をあげてリーグ優勝したチームなのです。

「チームより自分を優先している」こういう外野の声も出るなかイチローはひとり孤独の淵に沈んでいきます。

引退会見の最後の質問―前のマリナーズ時代、何度か「自分は孤独を感じながらプレーしている」

云々は、そんな経験を背景にしていました。

強烈なセルフマネジメント力を発揮して記録を塗り替え続けるイチロー。一方でチームマネジメントの在り方で悩むイチロー。

イチローはいかにして孤独の淵から這い上がり、引退会見で

「現在それ(孤独感)全くないです。今日の段階で、それは全くないです」

と答えることができたのか。

第1回目ではイチローの野球人生を簡単に振り返ったが、数回の投稿でイチローが残した言葉から時々の状況を私なりに掘下げて描写してみたいと思います。

(つづく)

<参考図書>
『夢をつかむ イチロー262のメッセージ』ぴあ
『イチロー・インタヴューズ』文春新書
『野村のイチロー論』幻冬『野村のイチロー論』幻冬
『イチロー会見全文』GOMA BOOK’S
『イチロー戦記1992-2019』Nunber976
『イチロー引退惜別』週間ベースボール増刊号
『ICHIRO MLB全軌跡2001⁻2019』スラッガー5月号増刊

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<実践するマネジメント読書会®>創始者。『実践するドラッカー』(ダイヤモンド社)シリーズ5冊の著者。 ドラッカー学会理事。 マネジメント会計を提唱するアウル税理士法人代表/公認会計士・税理士。 ナレッジプラザ創設メンバーにして、ビジネス塾・塾長。 Dサポート㈱代表取締役会長。 ドラッカー教授の教えを広めるため、各地でドラッカーの著作を用いた読書会を開催している。 公認ファシリテーターの育成にも尽力し、全国に100名以上のファシリテーターを送り出した。 誰もが成果をあげながら生き生きと生きることができる世の中を実現するため、全国に読書会を設置するため活動中。 編著『実践するドラッカー』(ダイヤモンド社)シリーズは、20万部のベストセラー。他に日経BP社から『ドラッカーを読んだら会社が変わった』がある。 2019年12月『ドラッカー教授 組織づくりの原理原則』を出版。 雑誌『致知』に「仕事と人生に生かすドラッカーの教え」連載投稿中

“イチローの野球人生/名言から学ぶマネジメント―『現代の経営』に出てくる3人の石工の話―はたしてイチローは何番目の石工なのか(その1)”への2件のフィードバック

  1. 瀬川 智美子 より:

    先日のイチローさんの記者会見の発言を聞いていて心響きました。それはただの感動ではなく、会ったこともないイチローさんから画面を通して学ぶことができるという喜びの含まれている感動です。読書会に参加してマネジメントを学ぶ前の自分よりあきらかに学びの幅がグーンと広がっているのを感じています。イチローさんの発言をただドラマティックに眺めるのではなく、マネジメントの原理に照らし合せて耳を傾けてみると自分たちの生活のなかで使える生きたマネジメントにつなげることのできる感動です。

  2. 佐藤 等 より:

    瀬川さん、ありがとうございます。
     

    引退試合から引退会見、その後の数日はイチローのことで頭が一杯いっぱいです(笑)
     

    「生きざまというのは僕にはよくわからないですけど、生き方というふうに考えるならば…」
    「成功かどうかってよく分からないですよね。じゃあどこからが成功で、そうじゃないのかというのは、全く僕には判断できない。成功という言葉がだから僕は嫌いなんですけど……
     

    引退会見でも垣間見ることができましたがイチローは、言葉の使い方がとても厳密です。フィールドの哲学者といわれ所以です。

    引退会見は、過去のインタビューの際に発した言葉とリンクし、より大きな価値をもって私たちの生きる糧になると確信しています。
     

    イチローを私淑していた私としては、この機会に「イチローの生き方」をドラッカー流に私なりに振り返ってみたいと思ます。

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