記事の内容まとめ
- 原油価格の高騰を予測して新型ボイラーの導入に踏み切ろうとした
- しかし周囲は「高騰なんてするわけがない」と猛反対
- 「あらゆる関係者が起こりえないと知っていることこそ徹底的に検討しなければならない」というドラッカーの教えを信じ、決断
- その後、時を待たずして原油価格が高騰し、巨額損失のリスクを回避できた
「あらゆる企業が、隠れた機会をもち、あるいは弱みを機会に変えることができるということではない。しかし、機会をもたない企業は生き残ることができない。そして潜在的な機会の発見に努めない企業はその存在を運に任せることになる」
(『創造する経営者』p. 228)
脅威に見える変化を利用して機会に変える――これは経営者の責務である。
企業経営に問題は尽きない。しかし、問題の対応に追われるのは、過去に生きていることを意味する。そこに未来はない。
未来に生きると経営者が決意したとき、脅威のなかに隠された機会に気付き、活用することが可能になる。
脅威に背を向け、運を天に任せてはならない。
今回は引き続き、ドラッカーの学びをきっかけに、「顧客の顧客を増やす」という発想で集客に困っていたホテルに貢献したクリーニング会社・北海道健誠実社のエピソードを紹介する。
⇒前回の記事「ホテルの宿泊客を呼びこむクリーニング会社!?「顧客の顧客を増やす」という発想で得た思わぬ成果とは」
★前回のあらすじ★
「外部にある資源に目を向けよ」というドラッカーの教えに気付きと発見を得た北海道健誠社(北海道旭川市)の瀧野 雅一(たきの まさかず)社長は、「顧客の顧客を増やす」という発想に至る。集客に伸び悩む取引先のホテルのために、クリーニング店である北海道健誠社が、なんと日帰りの温泉バスツアーを敢行。その結果、ホテルのリピーターがぐんと増え、客室稼働率が改善。すると驚くべきことに、ホテル側がみずから値上げ交渉を行ってくれたのだった。
目次
誰も信じようとしない「会社の危機」。孤立を感じるなかで、ドラッカーの言葉が支えに
原油価格が急騰して、会社が危機に陥るかもしれない――2005年、瀧野社長が危機感を口にしたとき、社内では誰も耳を傾けなかった。
北海道健誠社は、ホテルや病院向けのリネンクリーニングを主力とする。1992年に瀧野社長が父母とともに設立した。
クリーニング工場には大型ボイラーが設置され、その燃料として重油を大量に使っていた。当時、原油価格の高騰に伴い、重油の価格はじわじわ上がり始めていたが、数年後にさらに約2倍に跳ね上がるとは、誰も予想していなかった。
だが、重油の価格は自分たちの努力ではコントロールできない。瀧野社長は不安を覚えた。
そこで重油の代替となる燃料を調べたところ、木くずなどを燃料にする「木質バイオマスボイラー」の存在を知った。
さっそく導入に向けて調査を始めたものの、社内では反対する声が強かった。
このとき、ドラッカーの言葉が支えになった。
「あらゆる関係者が起こりえないと知っていることこそ徹底的に検討しなければならない。起こりえないことが、自社にとって何かを起こすための大きな機会となる」
(『創造する経営者』)
危機を信じられないのは「起きたら困る」という恐れからくる思考停止
社内の関係者が木質バイオマスボイラーの導入に否定的なのは、原油価格の急騰は「起こりえない」と思い込んでいるからだ。
しかし、現実には上昇基調で、急騰の可能性は十分にあった。
大半の人が「起きない」と信じているのは、「起きたら困る」ので、思考停止しているだけではないか。
そんな誰も備えていない危機に先手を打って対応すれば、いざ危機が発生したとき、競合他者に優位に立てる。
もしも原油価格が急騰すれば、主要顧客のホテルや病院も苦しむだろう。給湯や暖房を重油ボイラーに頼っているからだ。
そのとき顧客企業に木質バイオマスボイラーを紹介し、導入を支援できれば、関係が深まる。ピンチをチャンスに変えることも不可能ではない。
瀧野社長はこう考え、木質バイオマスボイラーの導入はドラッカーのいう「大きな機会」だと確信した。
ドラッカーは、「潜在機会の発見とその実現には心理的な困難が伴う」と記す。
だから瀧野社長は、社内の反対は「心理的困難」に過ぎないと受け止めたのだった。
最大の壁は父である瀧野喜市社長の説得だった。 瀧野喜市社長 が懸念したのは、約2億5,000万円という初期費用の資金繰りである。
そこでNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の共同研究に応募。無事に採択されたことで、初期費用を半分近くまで減らすことができた。
これには、 瀧野喜市社長も納得するしかなく、2007年3月に木質バイオマスボイラーが稼働した。
原油価格が急上昇したのは、それからわずか数か月後だった。
ドラッカーの教えを実践することで中小企業にも活路が拓ける
「もし原油ボイラーを継続していたら、年間6,000万円ほどだった燃料費がおよそ1億円になり、約4,000万円のコストアップになった。だが、木質燃料に切り替えたことで逆に約3,500万円のコストダウンになった」
木質バイオマスボイラーは売り上げにも貢献した。
というのも、導入を検討するホテルなどからの問い合わせが新規受注につながったからだ。
さらにホテル業界で、環境に配慮したクリーニング業者を選ぶ動きが広がっていることも追い風だ。
将来の供給源に備え、2011年から森林に放置された間伐材など林地残林の収集と活用を始めていたので、影響を受けずに済んだ。
「未来を自分の力で切り拓く意思を持てば、地元の中小企業で活路がある。そこで必要な視座をドラッカーは示している」と、瀧野社長は話す。

この記事を読んでくれたあなたへの問い
現代経営学の巨匠ピーター・ドラッカー
(画像:wikipedia)
将来、倍増してもおかしくないコストや、売り上げが半減してもおかしくない商品はありませんか?
特定のコストが倍増したり、ある部門の売り上げが半減する――冷静に考えれば、このような事態を想定するのは難しくありません。
資源価格の上昇はもちろん、租税や規制でも負担は増します。得意先の倒産や技術の陳腐化で売り上げを失うこともあるでしょう。
「クサいものにはフタ」とばかりに、経営の不安定要因から目をそらしていませんか。
正面から見据えることが、未来のピンチをチャンスに変える一歩です。
佐藤 等(さとう ひとし)
佐藤等公認会計士事務所所長、公認会計士・税理士、ドラッカー学会監事。1961年函館生まれ。主催するナレッジプラザの研究会としてドラッカーの「読書会」を北海道と東京で開催中。著作に『実践するドラッカー [事業編]』(ダイヤモンド社)をはじめとする実践するドラッカーシリーズがある。



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