2010年代の初頭、日本国内で“ドラッカーブーム”が巻き起こりました。火つけ役は小説・アニメで大評判の『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(もしドラ)です。
そのブームがきっかけで、ある本がたくさんの人に読まれ、たくさんの挫折者を出してしまいました。それが『マネジメント―エッセンシャル版』です。
多くの書店や紹介では、ドラッカーのオリジナル本『マネジメント』の要約版と謳われていましたが、いざ読んでみると、さっぱり意味がわからない!との悲鳴が多数で、幾多の“ドラッカーの苦手意識”を生み出してしまいました。
要約しているはずなのに、なぜあんなにも読みにくいのでしょうか……?
そんな疑問をぶつけるべく、ドラッカーの読書会を全国で主催する「Dラボ」のファシリテーター、清水先生に聞いてみました!
【インタビュイー】清水祥行プロフィール
1968年、兵庫県西宮市生まれ。同志社大学卒。
Dサポート株式会社代表取締役、ナレッジプラザ・ドラッカー読書会認定ファシリテータ、一般財団法人しつもん財団認定ビジネス質問家、 経済産業省登録中小企業診断士(平成8年登録)。
楽天大学にて「もし楽天店舗さんがドラッカーのマネジメント論を学んだら」講師を務める。
目次
『マネジメント』と『エッセンシャル版』の違い:1000ページを一冊にまとめた本!?
インタビュアー(以下「イ」):はじめて『マネジメント―エッセンシャル版』を読んだとき、全然頭に入ってこなくて挫折してしまいました。内容が飛び飛びというか、大事なことが書かれているとは思ったのですが、体系的に理解できなかったです。
清水:その反応が普通かもしれません(笑)なぜなら『エッセンシャル版』は、オリジナルの『マネジメント』全3巻をぎゅっと一冊にまとめた本だからです。実際、ドラッカーは冒頭で「私の大部の著作『マネジメント―課題・責任・実践』からもっとも重要な部分を抜粋した」と言っています。
イ:日本では『マネジメント』は上・中・下の全3巻で刊行されていますよね。つまり『エッセンシャル版』は、合計1000ページを超える内容を一冊にまとめた本ということですか……。まさにダイジェスト版ですね。
清水:はい。イメージとしては、NHK大河ドラマの総集編みたいなものです。
イ:NHK大河ドラマの総集編ですか。たしかにドラマの内容を知っている人からすれば、総集編を見ると楽しめますよね。シーンの前後を知っているし、どこが名場面かすぐわかる。オイシイところだけを抜き出した構成になっていますよね。
清水:ところがドラマの内容を知らない人は、総集編をなかなか楽しめない。それと同じで、『エッセンシャル版』はオリジナルの内容をある程度知らないと、わけがわからないと思います。オリジナルの内容のなかでも、とくに重要なところ、他のビジネス書にはない独自性の高いところを、翻訳者の上田惇生先生が抽出したのですから。
『エッセンシャル版』は“ちゃんと読まない”ほうがいい!?
イ:最初から『エッセンシャル版』の立ち位置がわかれば、もっと読み方が違ってたかもしれません。
清水:昔は「エッセンシャル」ではなく「抄訳」(※原文の一部を抜き出して翻訳すること)という言葉が使われていました。そっちのほうが伝わりやすかったかもしれませんね。
イ:「エッセンシャル」は「本質的な」という意味があるので、『エッセンシャル版』はオリジナルのオイシイところが要約されたお得な一冊かと勘違いする人もいるかもしれませんね。しかしいざフタをあけてみると、あまりに濃度が高いので、なんとかして薄めないと受け入れられない(笑)
清水:前後の文脈をすっ飛ばして本質からスタートしているから、鳩に豆鉄砲ですよね。ちなみに僕は『エッセンシャル版』大好きです。一冊だけ持っていくとしたら、間違いなく選びます。
イ:ドラッカーをすでに学んでいる人は、『エッセンシャル版』をマネジメントのポイント要約集として使えますね。物理の「公式一覧集」みたいな。いわゆる順番から本を読む“ちゃんとした読書”には不向きかもしれませんね。
清水:そうですね。エッセンシャル版はマネジメントの百科事典のようなものです。原理原則がまとまっているので、マネジメントのチェックリストとして使えますよ。組織運営で何かがうまくいっていないときは、マネジメントの原理原則に反している可能性が高いですから。
ちなみにドラッカーは冒頭「日本の読者へ」でこんなことを言っています。
第一に、マネジメントには基本とすべきもの、原則とすべきものがある……(中略)第二に、しかし、それらの基本と原則は、それぞれの企業、政府機関、NPOの置かれた国、文化、状況に応じて適用していかなければならない…(中略)そして第三に……(中略)基本と原則に反するものは、例外なく時を経ず破綻する……基本と原則は、状況に応じて適用すべきものではあっても、断じて破棄してはならないものである。
おすすめの読み方・使い方
イ:あらためて『エッセンシャル版』のおすすめの読み方はあるでしょうか。
清水:特徴を整理したうえで、おすすめの読み方を紹介すると、次のようになります。
- オリジナル版3冊分を一冊にまとめたダイジェスト版
- 全体的にマネジメントの本質が濃色された内容
- 1章ごとに独立したテーマとして読める
- マネジメントに関する関心や問題意識が不明瞭のまま1章から順番に読んでも混乱する
- 組織における自分の立場によって読むところがかわるし、読む順番もかわる
- 関心のあるところから読む
- 自分の立場に関係のあるところから読む
- ドラッカーを学んでいる人はマネジメントのチェックリストとして使う
マネジャーは「人」と「仕事」のマネジメントの章を読もう
イ:『エッセンシャル版』の使い方がわかりやすくなりました!私も参考にして実践してみます。もう少し具体的な使い方を教えてもらいたいです。たとえば、「経営者はこの章がおすすめです」みたいな。
清水:いいですよ。まずは中間管理職・マネジャーの方に読んでほしい章を紹介しますね。それは3章・5章・6章です。
3章:「仕事と人間」(p.53~)
“人と仕事のマネジメント”がテーマとなっています。人が生き生きと働いて成果をあげることと、仕事の生産性をあげることは、まったく異なる領域です。だからマネジメントでは、どっちの視点も必要だというお話です。
仕事をするのは人であって、仕事は常に人が働くことによって行われることはまちがいない。しかし、仕事の生産性をあげるうえで必要とされるものと、人が生き生きと働くうえで必要とされるものは違う。したがって、仕事の論理と労働の力学の双方に従ってマネジメントしなければならない。働く者が満足しても、仕事が生産的に行われなければ失敗である。逆に仕事が生産的に行われても、人が生き生きと働けなければ失敗である。
『マネジメント―エッセンシャル版』(p. 57)
5章:「マネジャー」(p. 123~)
3章では“人と仕事のマネジメント”が必要だといいましたが、5章ではそのためにどんな仕事が必要なのかというお話です。
マネジャーを見分ける基準は命令する権限ではない。貢献する責任である。権限ではなく、責任がマネジャーを見分ける基準である。
『マネジメント―エッセンシャル版』(pp. 124-5)
6章:「マネジメントの技能」(p. 149~)
ここではマネジャーの仕事を可能とするためのスキルについて論じられています。とくに意思決定やコミュニケーションにおけるスキルは必見です。
コミュニケーションを成立させるものは、受け手である。コミュニケーションの内容を発する者、すなわちコミュニケーターではない。彼は発するだけである。聞く者がいなければ、コミュニケーションは成立しない。意味のない音波しかない。
『マネジメント―エッセンシャル版』(p. 158)
経営幹部は「組織」と「事業」のマネジメントの章を読もう
清水:経営幹部の方には、まず第8章を読んでほしいです。タイトルは「トップマネジメントの役割」です。そこで取り上げられている、
- 事業の目的を考える
- 基準を設定(組織全体の規範を定める)
- 組織をつくりあげ維持する
の3つはマネジメントの範囲です。しかもそれぞれのテーマは、『エッセンシャル版』の各章に対応しています。
- 事業の目的を考える➡1章「企業の成果」
- 基準を設定(組織全体の規範を定める)➡4章「社会的責任」
- 組織をつくりあげ維持する➡7章「マネジメントの組織」&9章「マネジメントの戦略」
清水:9章は個人的にとても面白いです。とくに「規模のマネジメント」が非常に興味深い。
規模は戦略に影響を及ぼす。逆に戦略も規模に影響を及ぼす。小さな組織は、大きな組織にはできないことがある。(中略)もちろん大きな組織には、小さな組織にはできないことができる。組織には、それ以下では存続できないという最小規模の限界が産業別、市場別にある。逆に、それを超えると、いかにマネジメントしようとも繁栄を続けられなくなるという最大規模の限度がある。
『マネジメント―エッセンシャル版』(p. 236)
清水:他にも9章では、「成長」に関する話が面白いですよ。経営幹部の方はドキッとすることが書かれています。なにしろ「成長そのものを目標にするな」とハッキリ言っているからです。
長期にわたる高度の成長は不可能であり、不健全である。あまりに急速な成長は組織を脆弱化する。マネジメントを不可能にする。緊張、弱点、欠陥をもたらす。(中略)成長そのものを目標にすることはまちがいである。大きくなること自体に価値はない。よい企業になることが正しい目標である。成長そのものは虚栄でしかない。
『マネジメント―エッセンシャル版』(pp. 260-1)
清水:しかし一方では「市場が拡大しつつあるならば、組織もまたその生命力を維持するために成長していかなければならない」と言っていますね。この絶妙なバランス感覚が、ドラッカーの面白いところですね。
イ:清水先生、本日はありがとうございました!
インタビュアーの総括:
『マネジメント―エッセンシャル版』という本は、クセはありますが、読み手が使い方を理解すれば、かならず“役立つ道具”になるのだろうと思いました。『マネジメント―エッセンシャル版』は、けっして「読書のための読書」ではなく、「成果のための逆引き辞典」なのです。役職・直面する問題・課題から、マネジメントの原理原則を導き出す……。そんな使い方を習慣にすれば、必ずこの本は、常に手元に置いておきたい一冊となるのではないでしょうか。
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ドラッカーを学んだ経営者やビジネスマンが実際に仕事や経営に活かして数々のピンチを乗り越え、成功を収めた実例を記事形式で紹介しています。
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2003年3月から始まって、これまでに全国で20箇所、計1000回以上開催しており、多くの方にビジネスの場での成果を実感していただいています。
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