『イノベーションと企業家精神』(原題:Innovation and Entrepreneurship)は、ピーター・F・ドラッカーによる1985年の著作だ。
小説や映画のような、派手で華やかなカリスマが、一発ドカンとイノベーションを巻き起こす……それはフィクションが描く幻想であって、現実に成功しているイノベーターは、勤勉でリスク回避志向の人物が多い。
そうドラッカーは論じる。これこそが、まさに本書の痛快なところである。
『イノベーションと企業家精神』で特筆すべきポイントは、どうやったら(普通の人でも)イノベーションを起こすことができるのかという方法論について、体系的に論じたことである。
ドラッカーは、才能・気質・カリスマに頼ることなく、誰でもイノベーションを起こすことができるといった。シュンペーターのあまりにも有名が議論「創造的破壊」ですら、イノベーションを起こす実践的な方法を論じることはなかった。その点では、ドラッカーの切り口は異質であり、他に類をみないものである。
いわゆる「企業家精神」(entrepreneurship)は、才能や気質ではなく、ものの見方・考え方・仕事の仕方・日々の行動にこそ宿る。ドラッカーはそう考えたのである。
意志決定を行うことのできる人ならば、学ぶことによって、企業家的に行動することも企業家となることもできる。企業家精神とは気質ではなく行動である。しかもその基礎となるのは、勘ではなく、原理であり、方法である。
(『イノベーションと企業家精神』p. 3)
したがって本書では、どのようなものの見方・考え方をすれば、イノベーションの機会を見つけることができるのかについて論じている。
この記事では、「まずはここだけは抑えてほしい」という本質的な部分をまとめるとともに、個別具体的にわかりやすく解説する。
この記事だけですべてを説明しつくせるわけではないが、「企業家としてどのようなものの見方・考え方をするべきなのか」「才能や運に頼らずにイノベーションを起こす方法とは何なのか」といった疑問を持っている人には、必ず得られるものがあるはずだ。
目次
『イノベーションと企業家精神』の要点12個
- 予期せぬ成功と失敗にチャンスあり
- 予測と現実のギャップにチャンスあり
- 「これさえどうにかなれば」のニーズにチャンスあり
- 市場や産業の変化にチャンスあり
- 人口で最もウェイトを占める年齢構成にチャンスあり
- 世の中の認識の変化のなかにチャンスあり
- 発見発明は他の知識と統合されて世の中に受け入れられるようになったらチャンスあり
- データに頼るのではなく知覚的な認識を大事にせよ(外に出て、見て、問い、聞く)
- 大がかりな構想はせず、まずは小さくスタートせよ
- さほど頭がよくない人たちでも普通に使えるように、シンプルなものにせよ
- やる以上は最初からトップを狙いにいけ
- イノベーションの成功者は「リスク志向」ではなく「機会志向」である
以上のことは、本書の骨組みをつかむためのガイドラインである。「そうか、こんなことが書かれているのか」と少しでも気になった方は、さらに以下の見出しを読み進めてほしい。より具体的にまとめているし、ドラッカー自身の言葉を引用しているので、理解が深まるだろう。
(1)企業家の定義
- 不確実な世界のなかで意思決定を行う
- 変化を機会として利用できる
- 機会に敏感で、イノベーションに近いところにいる
- 「リスク志向」ではなく「機会志向」
- 一発大穴を狙うのではなく、価値を創造し社会に貢献する
- 企業家精神とは「気質」ではなく「行動」
企業家は変化を当然かつ健全なものにする。彼ら自身は、それらの変化を引き起こさないかもしれない。しかし、変化を探し、変化に対応し、変化を機会として利用する。これが企業家および企業家精神の定義である。
(『イノベーションと企業家精神』p. 5)
(2)イノベーションの定義
- あらゆる資源に経済的価値を付与すること
- 人々の生き方・考え方に影響を与えるものはすべからくイノベーション
- ひらめきやアイデアではなく意識的かつ集中的な「仕事」によって起こるもの
イノベーションは企業家に特有の道具である。イノベーションは富を創造する能力を資源に与える。それどころか、イノベーションが資源を創造する。
(『イノベーションと企業家精神』p. 8)
(3)イノベーションの原理
- その1:「機会」を体系的に分析する
- その2:知覚的な認識を大事にする(外に出て、見て、問い、聞く)
- その3:焦点を絞り単純なものにする
- その4:大がかりな構想はせず、まずは小さくスタートする
- その5:やる以上は最初からトップを狙いにいく
(4)イノベーションを成功させる3つの条件
- その1:一つのことに勤勉さ・持続性・献身を集中させる
- その2:みずからの強みを活かす
- その3:経済や社会を変えて価値創造できる
(5)イノベーションを起こすために「七つの機会」を逃すな
- 予期せぬ成功と失敗を利用する
- ギャップを探す
- ニーズを見つける
- 産業構造の変化を知る
- 人口構造の変化を知る
- 認識の変化を捉える
- 新しい知識を活用する
以下、七つの機会について要約していこう。
①-1予期せぬ成功
- 予期せぬ成功とはリスクが小さく苦労の少ないイノベーション
- だが多くの場合、無視されたり見過ごされたりする
- 上司や幹部からすると、予期せぬ成功は腹が立つものである
マネジメントにとって、予期せぬ成功を認めることは容易ではない。勇気が要る。同時に現実を直視する姿勢と、間違っていたと率直に認めるだけの謙虚さがなければならない。予期せぬ成功をマネジメント側が認めないのは、人間誰しも、長く続けてきたものが正常であって、永久に続くべきものと考えるからである。
(『イノベーションと企業家精神』p. 20)
- また、予期せぬ成功は気づかれないことも多い
- 予期せぬ成功をイノベーションの機会として利用するには、体系的に探求する仕組みが必要。
予期せぬものは、通念や自信を打ち砕いてくれるからこそイノベーションの宝庫となる。
(『イノベーションと企業家精神』p. 38)
①-2予期せぬ失敗
- 予期せぬ失敗は黙殺されやすいが、予期せぬ成功と同様に重要である
- 慎重を期して実施したものが失敗した場合、失敗そのものがイノベーションのヒントを与えてくれる
- 製品やサービスの設計、マーケティングの前提となっていたものを疑うことが大事
- そのためには定量的なものばかりでなく、定性的なものを知覚して言語化しなければならない
予期せぬ失敗が要求することは、トップマネジメント自身が外へ出て、よく見、よく聞くことである。予期せぬ失敗は、常にイノベーションの機会の兆候としてとらえなければならない。トップ自身が真剣に受けとめなければならない。
(『イノベーションと企業家精神』p. 36)
②ギャップを探す
ギャップとは、現実にあるものと、誰もが「そうあるべき」と考えるものの乖離。「こうなるはずなのに、成果があがらない」ことのなかに、イノベーションの機会がある。
業績ギャップ | 製品の需要が伸びているのに業績が伸びない |
認識ギャップ | 市場や産業構造に対する認識がズレており、見当違いのことに集中してしまい、成果があがらない |
価値観ギャップ | 顧客が本当に求めているもの(顧客価値)が理解できておらず、市場が伸びない |
プロセスギャップ | 実は顧客が製品・サービスを利用する際に困っていることがあり、満足度が低くなっている |
③ニーズを見つける
プロセスニーズ | すでに存在するプロセスの弱みや欠落のなかにイノベーションの機会を見つける |
労働力ニーズ | 社会・産業構造の変化によって新たに生じる働き手のニーズにイノベーションの機会を見つける |
知識ニーズ | もっと便利にうまく利用したいがどうすればいいのかわからない、という問題のなかにイノベーションの機会を見つける |
プロセスニーズでイノベーションを成功させる5つの前提
- その1:完結したプロセスであること
- その2:欠落した部分(問題点)が一か所であること
- その3:目的が明確であること
- その4:目的達成に必要なものが明確であること
- その5:「もっとよい方法があるはず」との認識が浸透していること(受け入れられやすい環境が整っている)
④産業構造の変化を知る
- 産業や市場の構造を「安定的」と考える者は、業界内の人間に多いが、実際は脆弱であり、簡単に変化してしまう
- 変化を「脅威」と捉えるか、「機会」と捉えるかによって、その後の運命が大きく変わる
- しかも産業や市場の変化は、業界の外部にいる者にもイノベーションのチャンスを与える
産業構造の変化が起こっているとき、リーダー的な生産者や供給者は必ずといってよいほど市場の中でも成長しつつある分野のほうを軽く見る。急速に成長し、機能しなくなりつつある仕事の仕方にしがみつく。だが、それまで通用していた市場へのアプローチや組織や見方が正しいものでありつづけることはほとんどない。
(『イノベーションと企業家精神』p. 88)
⑤人口構造の変化はイノベーションの機会
- 人口の総数よりも、年齢構成が重要なポイント
- キーワードは「人口の重心」。すなわち人口でもっとも多く占める年齢集団のこと
- 人口の重心が移動すると時代の空気が変わる
- 「現場に行き、見て、聞く」ことが、人口構造の変化のなかにイノベーションの機会を見出すだろう
産業や市場の外部の変化のうち、人口の増減、年齢構成、教育水準、所得など人口構造の変化ほど明白なものはない。いずれも見誤りようもない。それらの変化がもたらすものは予測が容易である。しかもリードタイムまで明らかである。
(『イノベーションと企業家精神』p. 92)
⑥認識の変化をとらえる
- コップに「半分入っている」と「半分空である」とは量的に同じであるが、意味はまったく違う。世の中の認識もそれと同じで、認識に変化が起こるときイノベーションの機会が生まれる
- 認識の変化を定量化できないかもしれないが、いまそこにある事実として、われわれは知覚することができる
- 経営幹部はしばしば(世の中の)認識の変化を非現実的なものとして軽視する
- なぜなら、これまでうまくいっていたやり方・考え方・ものの見方・主力商品が、何より信頼できる「現実」だと信じたいからだ
- 模倣は役に立たない。自分が先陣を切らなければ、認識の変化をイノベーションにつなげることはできない
予期せぬ成功や失敗はしばしば認識の変化を示す兆候である。…(中略)…認識の変化が起こっても実体は変化しない。意味が変化する。「半分入っている」から「半分空である」に変化する。
(『イノベーションと企業家精神』p. 109)
認識の変化をイノベーションの機会として利用するには、常に世の中のことにアンテナを張り、イノベーションを行う場所に近いところにいなければならない。いかなる分野にせよ、多くの成功者は、実際そうだった。
⑦新しい知識を活用する
- 新しい知識が出現してから技術として応用できるようになるまでには、リードタイムが長い
- 第二次世界大戦のときのペニシリンのように、外部から危機がやってきたときは例外的にリードタイムが短くなる
- 知識から技術の転換速度は、実は有史以来、そこまで変わっていない
- 新しい知識によるイノベーションは、花形ではあるが偶然によるものが大きく、難しい
- 「世の中に受け入れられる」という条件が揃うまでは、新しい知識によるイノベーションは成功できない
発明発見という新しい知識に基づくイノベーションは、いわば企業家精神のスーパースターである。たちまち有名になる。金にもなる。…(中略)…知識によるイノベーションは、その基本的な性格、すなわち実を結ぶまでのリードタイムの長さ、失敗の確率、不確実性、付随する問題などがほかのイノベーションと大きく異なる。さすがスーパースターらしく、気まぐれであってマネジメントが難しい。
(『イノベーションと企業家精神』p. 115)
- 新しい知識によるイノベーションは、他の知識と結合することで意味を持つことも多い
- そのため、ある一つの発見発明にぬか喜びしてイノベーションを起こそうとするのは時期尚早であり、失敗は必然である
- 手にした新しい知識が、誰の・どんな課題に対して・どのようなベネフィットを与え・かつ利用者が容易に使えるようになるのか、といった問いかけをしっかりできれば、チャンスがないわけではない
新しい知識によるイノベーションが失敗するのは企業家自身に原因がある。高度な知識以外のもの、特に専門領域以外のことに関心をもたない。顧客にとっての価値よりも技術的な高度さを価値とする。これでは20世紀の企業家というよりも19世紀の発明家のままである。
(『イノベーションと企業家精神』pp. 135-6)
(6)イノベーションでやってはいけない4つのこと
- NG1:「凝りすぎる」。さほど頭がよくない人たちでも普通に使えるように、シンプルなものにしなければならない。
- NG2:「多角化する」。エネルギーが散逸するので一度に多くのことをしてはならない。
- NG3:「未来志向」。未来のためではなく現在のために行わなければならない。
- NG4:「アイデアに頼りすぎ」。アイデアは運の要素が大きいので、そこに集中するよりも「七つの機会」と向き合ったほうがよい
企業家精神を実践・行動するなら『実践するドラッカー』がおすすめ
『イノベーションと企業家精神』は300ページをこえる骨太の内容なので、気軽に手に取るには、ちょっと重たいかもしれない。
かといって、本書を読まなければイノベーションの原理原則を実践できない、というわけではない。
たとえばここに紹介する『実践するドラッカー』という本には、『イノベーションと企業家精神』のエッセンスがまとめられ、誰でもすぐに実践できるような構成になっている。
いまではベストセラーとなっている『実践するドラッカー』は、読書が苦手な人でも読みやすく、実践にうつしやすいという点が特徴だ。
お気に入りに追加Dラボ
当サイトDラボを運営しております。
ドラッカーを学んだ経営者やビジネスマンが実際に仕事や経営に活かして数々のピンチを乗り越え、成功を収めた実例を記事形式で紹介しています。
また、「実践するマネジメント読書会」という、マネジメントを実践的に学び、そして実際の仕事で活かすことを目的とした読書会も行っております。
2003年3月から始まって、これまでに全国で20箇所、計1000回以上開催しており、多くの方にビジネスの場での成果を実感していただいています。
マネジメントを真剣に学んでみたいという方は、ぜひ一度無料体験にご参加ください。
最新記事 by Dラボ (全て見る)
- リーダーシップがある人とは?特徴11個・リーダーシップのない人について解説。 - 2024年12月30日
- 経営者に向いている人とは?特徴・向いていないタイプ・なり方を解説。 - 2024年12月19日
- 起業家に向いている人とは?特徴・求められる能力・なり方を解説。 - 2024年12月12日
- 好きなことを仕事にするには?難しい理由・実現に必要なことを解説。 - 2024年12月5日
- 「われわれの顧客は誰か」:ドラッカーの問いであなたにとっての顧客を見つけよう! - 2024年11月26日