40冊近くあるドラッカー教授の著作。どれから読めばいいのとよく聞かれます。入口の入り口としてお薦めなのが『プロフェッショナルの条件』のPart3第1章「私の人生を変えた7つの経験」です。この連載は、この章をベースにしています。誰でも人生を変えるような経験をしているものです。自らのそのような経験に焦点を合わせ、充実した人生を送るために、ドラッカー教授の人生も参考にしましょう。この章をきっかけにドラッカー教授の著作をさらに手にしてもらえたら幸いです。
私は、18歳の当時、大学に進学することが珍しい時代に親元を離れハンブルグの商社で働きながら大学に行くという選択をしました。しかしそれは、父親の手前、進学を選択したのであって、自分としては学校に飽き飽きし、早く働きたいと思っていました。当時の大学は、学者、官僚、弁護士、医師などになる以外は道楽のように考えられていました。それゆえ大学を出ていることを隠している人も多くいました。
私は、大学時代はほとんど授業を受けませんでした。驚くかもしれませんが、申請手続をすれば認められました。昼は、商社で見習いを行っていましたが退屈でした。勤務時間は7時半から夕方の4時まで、土曜日は昼まででした。自由時間はたくさんありました。さらに大学生であった私には特典がありました。ユースホステルやオペラ劇場を無料で出入りできました。
特にオペラは、最高水準のものをほぼ毎週、観ていました。そんなある夜に出会ったオペラが『ファルスタッフ』でした。19世紀の作曲家ヴェルディが1893年に書いた最後のオペラです。私は圧倒されました。その衝撃は今も鮮明です(ドラッカーが通ったかもしれないハンブルグ州立歌劇場―Wikipediaから)。
ウイーン生まれの私は、子供のころから音楽に親しんでいましたが、一度も経験したことのないものでした。この演目は難解すぎるとしてほとんど上演されることのない作品でした。
目次
死せるヴェルディ18歳のドラッカーの心に刻印を押す
興味がわいた私は、後日ヴェルディについて調べてみました。
わかったことは、信じがたい力強さで人生の喜びを歌いあげるあのオペラの初演は1893年で、当時80歳の老人の手によるものだということでした。私は、この事実にさらに衝撃を受けたのです。18歳の私に80歳という年齢を想像することはできませんでした。なぜなら平均寿命が50歳そこそこの時代では80歳の人に出会うことは稀だったからです。
さらに調べて行くうちに同じ年に生まれたドイツの「ワーグナーと肩を並べる存在でありながら、80歳にして、なぜ並はずれて難しいオペラを書くという大仕事に取り組んだのか」との問とその答えを知ったのです。
その答えが「いつも失敗してきた。だから、もう一度挑戦する必要があった」でした。
私は、生涯この言葉を忘れたことがありません。それは心に消すことのできない刻印となって残りました。
私はこの事実を知ってわが身を省みずにはいられませんでした。ヴェルディは18歳のころ、すでに音楽家として名を上げていました。それに引きかえ私は…経験も実績もない。
そもそも綿製品の商人としての成功などありえない…
しかし私は、その時、一つの決心をしました。
「一生の仕事が何になろうとも、ヴェルディのその言葉を道標にしよう」
「いつまでも諦めずに、目標とビジョンを持って自分の道を歩き続けよう、失敗し続けるに違いなくとも、完全を求めていこう」
心に刻まれたヴェルディの言葉を実践した生涯
ときが経つのは早いもので私もヴェルディヴが『ファルスタッフ』を書いた歳を超え、85歳になりました。この間、やはり私はヴェルディのあの言葉を忘れたことがありません。
私は、「あなたの本のなかで最高のものはどれですか」とよく聞かれます。
「次の作品です」…これが私のいつもの答えです。
それは、ヴェルディのあの言葉を人生で実践してきた証です。
85歳になってもその実践は続けています。
これまで37冊の本を書きましたが、2冊を構想し、書き始めています。
今回もこれまでのどの本よりも優れたもの、重要なもの、完全に近いものにしたいと思って筆を握っています。
※この文章は、筆者(佐藤等)がドラッカー教授の著作『プロフェッショナルの条件』などを基に主語を「私」に変え、事実や表現を追加してドラッカー教授が伝えたかった趣旨を変えることなく慎重に再現した文章です。内容に誤りなどがあれば是非ご指摘ください。また『プロフェッショナルの条件』の該当箇所はぜひお読みください。
ドラッカー教授の生涯に深く刻み込まれた経験は、のちの著作活動にも色濃く反映されています
「人の本性は、最低ではなく最高の仕事ぶりを目標とすることを要求する」
『現代の経営(下)』
もっと読む全8話
初心者におすすめのドラッカーの本『プロフェッショナルの条件』その1
【教訓1】初心者におすすめのドラッカーの本『プロフェッショナルの条件』その2
目標とビジョンをもって行動する―作曲家ヴェルディの教訓
【教訓2】初心者におすすめのドラッカーの本『プロフェッショナルの条件』その3
神々が見ている―彫刻家フェイディアスの教訓
【教訓3】初心者におすすめのドラッカーの本『プロフェッショナルの条件』その4
一つのことに集中する―新聞記者時代の決心
【教訓4】初心者におすすめのドラッカーの本『プロフェッショナルの条件』その5
定期的に検証と反省を行う―編集長の教訓
【教訓5】初心者におすすめのドラッカーの本『プロフェッショナルの条件』その6
新しい仕事が要求するものを考える―シニアパートナーの教訓
【教訓6】初心者におすすめのドラッカーの本『プロフェッショナルの条件』その7
書きとめておく―イエズス会とカルヴェン派の教訓
【教訓7】初心者におすすめのドラッカーの本『プロフェッショナルの条件』その8
何によって知られたいか―シュンペーターの教訓
初心者の方、大歓迎。いっしょにドラッカー教授の本を読みませんか?
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