
佐藤 等(さとう ひとし)
佐藤等公認会計士事務所所長、公認会計士・税理士、ドラッカー学会理事。1961年函館生まれ。主催するナレッジプラザの研究会としてドラッカーの「読書会」を北海道と東京で開催中。著作に『実践するドラッカー [事業編]』(ダイヤモンド社)をはじめとする実践するドラッカーシリーズがある。

清水 祥行(しみず よしゆき)
1968年、兵庫県西宮市うまれ。同志社大学卒。
Dサポート株式会社代表取締役、ナレッジプラザ・ドラッカー読書会認定ファシリテータ、一般財団法人しつもん財団認定ビジネス質問家、
経済産業省登録中小企業診断士(平成8年登録)。
楽天大学にて「もし楽天店舗さんがドラッカーのマネジメント論を学んだら」講師を務める。
「真摯さ」は、ドラッカーの思想体系の中核を成す重要なキーワードである。ドラッカーのいう真摯さには「仕事上の真摯さ」と「人間としての真摯さ」がある。これら2つの真摯さを兼ね備えていなければ、組織は破壊される。
以下では、ドラッカーが生涯を通して繰り返し何度も「真摯さ」を強調する理由に迫りながら、どのように解釈したほうが適切なのかについて、引用を交えながら解説していく。
目次
一般的な「真摯さ」の意味は「誠実さ」
ドラッカーは数々の著作の中で「integrity(インテグリティ)」という言葉を使っている。翻訳者の上田 惇生 (うえだ あつお)氏はintegrityを「真摯(しんし)さ」と訳した。
それではまず、一般的に「真摯さ(integrity)」はどんな意味を持つのかを確認してみよう。
「integrity」の一般的な意味
the quality of being honest and having strong moral principles
引用:Oxford Learner’s Dictionaries
英語において「integrity」とは「誠実であること/強い道徳規範を備えることの資質」とされている。文脈が変わろうとも、意味が大きく変化することはないようなので、基本的にはこの理解で大丈夫だろう。
「真摯」の一般的な意味
まじめで熱心なこと。また、そのさま。
引用:goo国語辞書
日本語において「真摯」は「批判を真摯に受け止める」「真摯な気持ちで接客する」といったような使い方をされる。「まじめで熱心」を「誠実」と解しても特に問題はないだろう。
さてそれでは、この真摯という言葉は、ドラッカーの文脈に照らし合わせて考えると、どんなふうに解釈できるのだろうか。
ドラッカーの「真摯さ」とは「仕事上の真摯さ」と「人間としての真摯さ」の2つの意味がある
結論からいうと、ドラッカーが説く「真摯さ」には2つの側面がある。それは「仕事上の真摯さ」と「人間としての真摯さ」である。この2つを満たすことで、はじめて社会に意義のある仕事ができる。ドラッカーはそう考えたのであった。
①仕事上の真摯さ
ドラッカーは『プロフェッショナルの条件』(2000年)で、「私の人生を変えた七つの経験」について語った。それらの体験は、ドラッカーの思想体系のルーツとなった。
七つの経験の中には、物事を成し遂げるうえで「真摯さ」が重要であると気付いたエピソードがある。ドラッカーが20代の頃のエピソードである。
当時ドラッカーは、19世紀イタリアの作曲家ヴェルディの作品『ファルスタッフ』に感銘を受けていた。80歳になっても「最高傑作は次の作品だ」と言えるヴェルディの若々しいチャレンジ精神と、「失敗し続けるに違いなくとも完全を求めていこう」とする気概は、青年ドラッカーの人生観に大きな影響を及ぼしたのだった。
「真摯さ」を学んだのは、そんなときだった。
「ちょうどそのころ、まさにその完全とは何かを教えてくれる一つの物語を読んだ。ギリシャの彫刻家フェイディアスの話だった。紀元前440年ころ、彼はアテネのパルテノンの屋根に建つ彫像群を完成させた。それらは今日でも西洋最高の彫刻とされている。だが彫像の完成後、フェイディアスの請求書に対し、アテネの会計官は支払いを拒んだ。「彫像の背中は見えない。誰にも見えない部分まで彫って、請求してくるとは何ごとか」と言った。それに対して、フェイディアスは次のように答えた。「そんなことはない。神々が見ている」。この話を読んだのは、ちょうど『ファルスタッフ』を聴いたあとだった。ここでも心を打たれた。」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 100
「……成果をあげ続ける人は、フェイディアスと同じ仕事観をもっている。つまり神々が見ているという考え方である。彼らは、流すような仕事はしたがらない。仕事において真摯さを重視する。ということは、誇りをもち、完全を求めるということである。」
ドラッカー『プロフェッショナルの条件』p. 108
古代ギリシャの彫刻家フェイディアスは、彫刻家として仕事をするうえで、妥協をしなかった。正面から見えない背中の部分であっても、「神々が見ている」と考え、徹底して彫り抜いた。
ドラッカーがフェイディアスから学んだのは、まさに仕事に対する“誠実さ”すなわち「仕事上の真摯さ」だった。
だが注意しなければならないのは、「仕事上の真摯さ」だけでは、組織のマネジメントは成しえないということである。たとえ仕事に誠実な者でも、部下や顧客に対する真摯さを欠いているものは、チームのマネジャーにしてはならない。さもなければ組織は破滅する。ドラッカーはそう戒めるのであった。
②人間としての真摯さ
「商人とその顧客、自由業者とその顧客の間に必要とされているものは、仕事上の真摯さにすぎない。しかし経営管理者であるということは、親であり教師であるということに近い。そのような場合、仕事上の真摯さだけでは十分ではない。人間としての真摯さこそ、決定的に重要である。」
ドラッカー『現代の経営』p. 221
人間としての真摯さとは何か? 人間としての真摯さを知るには、「真摯さを欠くマネジャー」の条件を理解するのが近道である。マネジャーとは、組織やチームをマネジメントする者のことである。ドラッカー学会の理事・佐藤 等 氏は、真摯さを欠くマネジャーの条件を次のように整理した。
- 強みよりも弱みに目を向ける者
- 何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心をもつ者
- 真摯さよりも頭のよさを重視する者
- 部下に脅威を感じる者
- 自らの仕事に高い基準を設定しない者
- 実践家ではなく評論家である者
もう一つ、「人間としての真摯さ」を理解するヒントがある。それはドラッカーが説く「リーダーシップ」論である。
- 真のリーダーは、言動に一貫性がある
- 真のリーダーは、組織の使命に矛盾がないように意思決定をする
- 真のリーダーは、責任は常に自分にあると理解している
- 真のリーダーは、部下を恐れない
- 真のリーダーは、優秀な部下を自らの誇りとする
- 真のリーダーは、自分が去った後に組織が崩壊することを恥とする
もし上記のリーダーの要件に該当しない場合は、「真摯さ」を欠いているということができる。
真摯さは後天的に習得できない資質?
真摯さは誰でも学び・身につけることができるのだろうか?
真摯さの習得に関して、ドラッカーは重要な結論に達している。すなわち、真摯さは「後天的に獲得することができない資質」である、と。
つまり真摯さは、学んで身につけることはできないのだ。ある意味で身もふたもない結論である。
真摯さは資質である――多くの企業をコンサルティングしてきたドラッカーだからこそ、その意味は深刻である。“身もふたもない”と一笑に付すには、あまりに深刻な命題である。
「真摯さ」は習得できるものではないというドラッカーの結論には、“どこまでいっても人間本性は変わらない”、“人は変えることができない”という諦念を見てとることもできる。
事実、ドラッカーは“成長の責任は本人自身にある”と繰り返し主張してきた。組織にできるのは、人が自己成長できる環境づくりであって、成長の手伝いではない。おそらくドラッカーは、「真摯さ」を教えこめばマネジャーの条件を満たせると考えてはならないと警告しているのだろう。
さいごに:「仕事ができる」が理由の昇進はNG
ドラッカーは「真摯さ」を2つの側面から定義した。妥協しない真面目さを表した「仕事上の真摯さ」と、道徳的に優れた考え方と実行力を表した「人間としての真摯さ」である。
「真摯さ」から、わたしたちは何を学び取ることができるだろうか。
ひとつ言えるのは、単純に”仕事ができる”を理由に昇進させてはならないということである。これは人手が足りないベンチャー企業や、巨大化しすぎて人事すらもルーチンワーク化してしまっている大企業が、しばしば犯しがちなタブーである。
仕事ができるということと、人のマネジメントができるということは、まったく別の領域である。同一に語ってはならないのだ。
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