ドラッカーとは?世界中の実業家に影響を与えた「マネジメントの父」に関する基本知識解説。代表的な著作も紹介します。


ドラッカーとは?世界中の実業家に影響を与えた「マネジメントの父」に関する基本知識解説。代表的な著作も紹介します。

ピーター・F・ドラッカーとは「現代社会最高の哲人」「20世紀に身を置きながら21世紀を支配する思想家」と称された人物である。経済学・社会学・歴史学・哲学に精通し、生涯刊行した著作は39冊。執筆した論文や記事はあまりに多く、数えることが難しいとさえいわれている。

一般的にドラッカーは国内外問わず「マネジメントの父」「マネジメントの発明者」として知られている。もちろんその通りではある。だが彼を経営学やビジネス啓発書の括りで捉えるのは、あまりに狭小すぎる。ドラッカーは、歴史や社会、ひいては人間そのものにまで眼を向けている。しかも単なるジェネラリストの枠組みには収まらない。

本人でさえ、58歳のときのインタビューで「今もって何になりたいのかわからない」と答えたほどである。やはりドラッカーを一言で形容するのは非常に難しい。そんな彼に対して第三者が「ドラッカーとは〇〇である」と言うのは浅薄なことなのかもしれない。

ただひとつ言えるのは、ドラッカーは「社会」の様相をつぶさに観察し、それを「言葉」にした人物だったということである。その過程で、たとえば「マネジメント」や「リーダーシップ」といった概念が生まれたのだ。

以下では「ドラッカーとは何者なのか」という疑問に応えるべく、ドラッカーに関する基本知識を解説するとともに、ドラッカーの有名な著作を何冊かピックアップし、ドラッカーがどんなことを語ったのかについて詳しく論じていく。

この記事は、いうなればピーター・F・ドラッカーという人物の輪郭を掴むための「俯瞰図」である。この記事だけでドラッカーのすべてを理解することはできないが、ドラッカーの全体像を知る橋掛りにはなるだろう。

この記事を読めば、興味を持てそうなドラッカーの著作に見当をつけることもできる。ぜひ、ドラッカーの“入口”として読んでいただければ幸いである。

ドラッカーのすごいところ

  • 「マネジメントの父」「マネジメントの発明者」と称されている
  • Googleの元CEOエリック・シュミットはドラッカーのマネジメント手法を参考にして経営を行った。いわく「ドラッカーほど知識労働者に詳しいものはいない」
  • 英首相ウィンストン・チャーチルがドラッカーの著作を絶賛し、イギリス軍の士官全員分に本をプレゼントした
  • 同じく英首相マーガレット・サッチャーはドラッカーに影響をうけて民営化政策を推し進めた
  • 糸井 重里 氏がバカンスにドラッカーの本を持って行き、時間を忘れて読みふけった。いわく「推理小説より面白かった」。以来、ドラッカーの熱烈なファンを公言している
  • アニメ監督の富野 由悠季 氏はドラッカーの本をヒントにガンダムを生み出した
  • ユニクロ創業者の柳井 正 氏はドラッカーから多大な影響を受けた。「商売をするようになって、ドラッカーの言葉がいかに正しかったか。それを日々、実感している」。ロングセラーの”フリース”は、ドラッカーの言葉を信じた結果生まれた商品だった
  • イトーヨーカドー創業者の伊藤 雅俊 氏はドラッカーにコンサルティングを依頼した。以降、30年来の友人となった
  • 松下電器(パナソニック)の元社長・中村 邦夫 氏はドラッカーを「師」と仰いでいる
  • 『キリンビール高知支店の奇跡』で有名な田村 潤 氏はドラッカーの言葉に勇気をもらいながら“負け癖”のついていたキリンビール高知支店を県内トップシェアに導いた。「リーダーとしてやるべきことは全国でも高知でも同じだった。その本質をドラッカー教授は的確な言葉で表現してくれている」
  • P&Gの元CEOアラン・ラフリーはドラッカーを実践して組織改革を行った
  • ゼネラル・エレクトリック(GE)社の元CEOジャック・ウェルチは、就任後すぐにドラッカーに手紙を書き、コンサルティングを依頼した。そこで生まれたのが「1位・2位戦略」であった
  • 日本の産業近代化および日米親善への寄与により、勲三等瑞宝章を授与される

ドラッカーの生い立ちと経歴

1909年、オーストリア=ハンガリー帝国の首都ウィーンに生まれる。父アドルフは貿易商の高官で、ジグムント・フロイト(精神医学)、ヨーゼフ・シュンペーター(経済学者)、トマス・マン(作家)などの知識人と幅広い交友関係を持っていた。

青年期はハンブルグ大学・フランクフルト大学を経て、博士号を取得。世界恐慌で就職先の証券会社が潰れたあと、新聞記者として活躍。その後ナチスの台頭により、ドイツを脱出してロンドンへ移住。処女作『「経済人」の終わり』の出版を皮きりに、アメリカの大学で教授職のかたわら、続々と大作を書き上げていく。

ゼネラル・モーターズ(GM)の研究調査がきっかけで書いた『企業とは何か』(1946年)で、確固たる名声を築き上げる。この頃から“マネジメントの父”と称されるようになる。1966年には、日本産業経営の近代化および日米親善への寄与により「勲三等瑞宝章」を授与された。

1973年に『マネジメント』刊行。以後、日本の経営者やサラリーマンのバイブルとして読み継がれるようになる。その後も精力的に数々の名著を生み出し、2005年に没するまで精力的に論文や寄稿の執筆を行った。

ドラッカーの思想の根底には何があるか? 主な著作と共に解説

『「経済人」の終わり――全体主義はなぜ生まれたか』(1939年)

ドラッカーが29歳のときに書いた処女作。新聞記者時代にヒトラーに何度もインタビューを繰り返したドラッカーは、どうして人々が“ファシズム(全体主義)”に至るのかを鋭い視点で洞察した。「ブルジョワ資本主義」と「マルクス主義」という巨大なイデオロギーが渦巻く第一次世界大戦後の不穏な時代に書かれた不朽の名作。当時の英首相ウィンストン・チャーチルはこの本を絶賛し、イギリス軍の士官全員にプレゼントしたという。

ドラッカーの思想のエッセンス

イデオロギーは争いや戦争を生む。イデオロギーに世界を救う力はない。では、世界に価値をもたらし、人々の幸福に貢献する存在は何なのか。ドラッカーは「企業」に希望を見出した。それが、マネジメント研究のすべてのはじまりだった。金儲け第一の資本主義すら害悪として批判するドラッカーは、「社会貢献」を志向する企業に未来を託した。

『産業人の未来――改革の原理としての保守主義』(1941年)

第二次世界大戦のただ中で、すでにドラッカーはファシズムの敗北を確信し、戦後世界のあるべき姿を克明に描いた。第二次世界大戦後の世界は、もはや19世紀や20世紀初頭の価値観は通用しない。これまでとはまったく異なった世界が訪れるとドラッカーは断言する。それが「産業社会」だった。

産業社会とは、数え切れないほどの企業が、数え切れないほどのイノベーションを起こし、社会を担っていく世界のことである。世界の中心は、人々を特定の価値観に押し込めるイデオロギーではない。もちろん独裁者でもない。世界を担うのは、商品やサービスで「価値」を提供する「企業」なのだ。

『産業人の未来』は、古代ギリシャ思想からフランス革命以降の近代思想を紐解きながら、「伝統的保守主義」を起点に社会改革をする必要性を説いた、“ドラッカー社会学”の原点である。のちに本書を読んだゼネラル・モーターズ(GM)の副社長がドラッカーを招へいし、組織の調査研究を依頼した。

ドラッカーの思想のエッセンス

企業は一体どんな存在なのか? ドラッカーにとって「企業」の存在意義はたった一つだった。すなわち企業とは、「社会貢献をするための機関」である。ドラッカーは「企業は金儲けをするのが目的」「企業は利益を追求するべきである」といったブルジョワ資本主義的な価値観を「害悪」と痛烈に批判する。企業の成果は“カネ”ではなく、社会(≒顧客)への“貢献”なのである。

『企業とは何か――その社会的な使命』(1946)

ドラッカー三部作”の三作目。ゼネラル・モーターズ(GM)での一年半にわたる研究が結実した『企業とは何か』は、ドラッカーの名を世界中に知らしめることになった記念碑的な一冊である。

この本が出版された1946年は、まだ世界が戦争の傷跡で疲弊していた時代である。多くの人々が、終戦直後の混乱から抜け出せず、光を目指してもがいていた。しかしドラッカーは、すでに100年先の時代を見ていた。有象無象の企業がひしめく戦後動乱期の時代に、すでにドラッカーは「企業の社会的責任」について論じたのだ。フォード社とゼネラル・エレクトリック社(GE)は、本書を組織改革の教科書として絶賛した。

ドラッカーの思想のエッセンス

①組織は目的を果たす道具である②企業は社会に属する組織である③したがって企業は「社会貢献」という目的を果たすことで存在意義を与えられる……この“三段論法”は、ドラッカーの思想の核心である。企業とは何か? ドラッカーの三段論法が導き出す結論は、2005年に没するまで何一つ変わりはしなかった。企業とは「社会貢献するための社会的機関」である。

『現代の経営』(1954年)

ドラッカーが本格的に「マネジメント」の意義と実践について論じた重要な著作。のちの大作『マネジメント』の“前日譚”とも言うべき内容となっている。

戦後世界の主役は企業である。したがって、企業が社会的機関として機能するには、組織を有効にマネジメントして「成果を上げる仕組み」を生み出していくしかない――ドラッカーはマーケティングとイノベーションの本質を浮彫にし、企業の目的はずばり「顧客の創造」であると明言した。世界中の経営者がこぞって読み競い、ドラッカーが“マネジメントの父”としての確固たる地位を築いた一冊。

ドラッカーの思想のエッセンス

成果を上げなければ企業は存在する意味がない。ただいたずらに、社会の資源を食い潰すだけである。だから企業は、成果を上げるための仕組みを持たなければならない。

成果を上げるシステムのことをドラッカーは「マネジメント」と呼んだ。マネジメントは決して、経営者や役員や管理職が、看守のように部下を管理監督する手法ではない。ドラッカーにとってマネジメントとは、「人類の生活を向上させられるとの信念、経済の発展が福祉と正義を実現するための強力な原動力になりうるとの信念の具現」なのだ。

『変貌する産業社会』(1957年)

この世の出来事を、機械の部品を分解するように切り分け、組み直し、再構築して理解する。そんな時代がかつて存在した。それがいわゆる「近代合理主義(モダン)」の時代である。17世紀のルネ・デカルトの機械論的自然観に始まり、18世紀の啓蒙思想運動を経て、自然科学の成功を収めた近代合理主義は、19世紀に絶頂を迎えた。合理主義にあらずんば人にあらず――この考えは、アカデミズムだけでなく、市井の人々にまで広く及び、第二次世界大戦前まで常識として根付いていた。歴史学ですら、合理主義のドグマに座を譲るしかなかった。それは、エビデンス至上主義の不毛な時代であった。

この世の出来事は、すべて理屈で説明できる。定量的なデータで説明できないことは、意味がない――しかし、本当だろうか? このときドラッカーは、すでに現代社会が、事象XとYの相関関係で説明不可能な世界になっていると考えていた。つまり時代は、有機的な世界観へ転換しているのだ。

本書は、1980年代頃に世界を席巻する「ポストモダン」ブームの先駆である。1957年の著作とは思えぬ鮮烈さは、彼が「現代社会最高の哲人」と称されるゆえんである。

ドラッカーの思想のエッセンス

ドラッカーはしばしば「20世紀に身を置きながら21世紀を支配する思想家」と評される。だが彼は予言者ではない。ドラッカーは“すでにわかったこと”、“すでに起こったこと”をもとに世の中を観察しているだけである。「すでに起こった未来を使え」。ドラッカーは独特のレトリックでそう助言する。「必然の進歩」などありはしない。未来のことなど誰にもわからない。だが、“すでに起こった”ことをつぶさに観察すれば、これから起こる未来に補助線を引くことはできるのだ。

『経営者の条件』(1966年)

とある書評で「組織の罠から逃れるうえで不可欠なサバイバル・マニュアル」と評された本書は、ドラッカーを実践的に生かすためのエッセンスが凝集されている。

本書の対象は、知識を使って仕事をする「知識労働者」である。つまりそれは、現代人すべてが対象であることを意味する。したがって、経営者はもちろんのこと、役員や管理職、一般の従業員が読むべき内容となっている。

組織にスーパーマンは必要ないとドラッカーは考える。事実、世の中の大半が凡人である。大切なのは、凡人が成果をあげる人材へと成長していくことである。「成果をあげる能力は修得できる」とドラッカーはいう。これを読めば、自分自身をマネジメントする方法を身につけることができるだろう。

ドラッカーの思想のエッセンス

成果をあげる者は「時間の管理」からスタートする。実は多くの人が、自分のために使う時間がないことを自覚していない。まずは自分がどんな時間の使い方をしているのかを診断する必要がある。『経営者の条件』を読めば、「時間」という限られた貴重な資源の重要性に気付き、真に有効な時間の使い方に目覚めることだろう。

『断絶の時代――いま起こっていることの本質』(1969年)

これまでの歴史は、一応は産業革命時代から続く「継続の時代」だった。だが今後は明らかに違った様相を示すだろう。なぜなら、これから「新技術の登場」「グローバル経済」「多元化する社会・政治」「知識が主軸となる経済」といった新しい波が訪れるからだ。

1969年の時点で、すでに50年先の未来像を鮮明に描いたドラッカーの慧眼には脱帽せざるを得まい。本書でとくに目を引くのは、現代(1969年時点)の重要産業のほとんどが陳腐化し、代わりに「知識」という無形の資源が経済社会を支えていくという洞察である。これがいわゆる「ポスト資本主義社会」すなわち「知識社会」のことである。

のちに『断絶の時代』に感銘を受けた英首相マーガレット・サッチャーは、民営化改革を決断したという。

ドラッカーの思想のエッセンス

これからの時代は、「知識」が社会の資源となる。知識を生かして価値を創造する企業が生き残っていくだろう。その意味で、もはや土地や資本は、二次的なものになった――ドラッカーはそう考える。ドラッカーが「知識社会」の到来を確信し、その時代に備えるべき方法論が、大作『マネジメント』として結実することになる。

『マネジメント――課題、責任、実践』(1973年)

“ドラッカー・オブ・ドラッカー”ともいうべき原著800ページの超大作。「マネジメントの発明者」と称されたドラッカーが、マネジメント論のすべてを詰め込んだ珠玉の一冊である。処女作『経済人の終わり』から『経営者の条件』に書かれているエッセンスが濃縮されている。

どうして多くの組織は失敗するのか。なぜあれだけ成功していたように思えた企業が没落していくのか。すべての間違いを正すには、「企業とは何か」という問いから始めなければならない。『マネジメント』は、「企業」「マーケティング」「イノベーション」「成果」「顧客」という誰でも知っているはずの言葉の意味を根底から再定義し、真に価値ある組織づくりの原理原則を教えてくれる。

「顧客にとっての価値は何か」。あなたはこの問いに答えられるだろうか。売り手が価値と考えるものが、顧客にとっては意味のないものであることは、けっして少なくない。もしこの問いに少しでも引っかかりを感じるのであれば、『マネジメント』はぜひとも読んでみるべきである。

ドラッカーの思想のエッセンス

人こそ資産である。人が自分の強みを生かし、誰かの弱みを弱みでなくする組織をつくりあげなければならない。「発展とは資力ではなく人間力の問題である」とドラッカーはいった。生き方も考え方も違う人々と手を取り合い、「貢献」というたった一つの成果に向かって組織を動かすには、どうすればいいのか。そのためのものの見方・考え方が「マネジメント」なのである。

他にもまだあるドラッカーの著作

  • 『創造する経営者』(1964年)
  • 『見えざる革命』(1976年)
  • 『傍観者の時代』(1979年)
  • 『乱気流時代の経営』(1980年)
  • 『イノベーションと企業家精神』(1985年)
  • 『マネジメント・フロンティア』(1986年)
  • 『新しい現実――政府と政治、経済とビジネス、社会および世界観にいま何がおこっているか』(1989年)
  • 『非営利組織の経営――原理と実践』(1990年)
  • 『未来企業』(1992年)
  • 『すでに起こった未来――変化を読む眼』(1993年)
  • 『ポスト資本主義社会――21世紀の組織と人間はどう変わるか』(1993年)
  • 『未来への決断』(1995年)
  • 『明日を支配するもの――21世紀のマネジメント革命』(1999年)
  • 『はじめて読むドラッカー[自己実現編]『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』』(2000年)
  • 『はじめて読むドラッカー[マネジメント編]『チェンジリーダーの条件――みずから変化をつくりだせ!』(2000年)
  • 『はじめて読むドラッカー[社会編]『イノベーターの条件――社会の絆をいかに創造するか』(2000年)
  • 『ネクストソサエティ――歴史が見たことのない未来がはじまる』(2002年)

ドラッカーの名言

マネジメント

個人の価値と願望を組織のエネルギーと成果に転換させることこそ、マネジメントの仕事である

(ドラッカー『マネジメント』)

あらゆるマネジメント上の間違いは、人としてのマネジメントによるものである。人としてのマネジメントのビジョン、献身、真摯さが、マネジメントの成否を決める

(ドラッカー『マネジメント』)

マネジメントは、常に現在と未来、短期と長期を見ていかなければならない。組織の存続と健全さを犠牲にして、目先の利益を手にすることに価値はない。逆に、壮大な未来を手に入れようとして危機を招くことは、無責任である

(ドラッカー『マネジメント』)

マネジメントとは、人を「成果」をあげる存在に成長させる仕組みである。カリスマやスーパーマンに頼る組織は破滅が待っている。マネジメントは、“ただの凡人”でも着実に成果をあげれるようにするためのものの見方・考え方である。

イノベーション

イノベーションとは、人的資源や物的資源に対し、より大きな富を生み出す新しい能力をもたらすことである

(ドラッカー『マネジメント』)

既存の事業がイノベーションと企業家精神の障害となる。問題はまさに過去および現在の事業の成功にある

(ドラッカー『イノベーションと企業家精神』)

イノベーションと聞くと多くの人が「技術革新」を思い浮かべるだろう。しかしドラッカーは、より抽象的で核心的な視点からイノベーションを定義する。突き詰めると、イノベーションとは「仕組み」の発明に他ならない。現代の経済・社会の構造に適応した新たな価値創造の仕組みこそ、事業にとって真のイノベーションを意味する。

イノベーションを妨げる最大の要因が、“過去の成功体験”である。古今東西、多くの企業が過去の成功に執着し、あたかも自分たちが“絶対的な原理”を発見したかのようにふるまってしまった。その結果待っているのは、自らの破滅であった。

では「過去の囚人」にならないようにするにはどうすればいいのか? それは、常に現在の自分たちを問い続けることである。自分たちの事業が、あくまでも過去の成功から補助線を引いたものでしかないということを、戒めなければならない。

リーダーシップ

カリスマ性はリーダーを破滅させる

(『プロフェッショナルの条件』)

真のリーダーは、他の誰でもなく、自らが最終的に責任を負うべきことを知っているがゆえに、部下を恐れない。ところが、似非リーダーは部下を恐れる。部下の追放に走る。優れたリーダーは、強力な部下を求める。部下を激励し、前進させ、誇りとする。部下の失敗に最終的な責任をもつがゆえに、部下の成功を脅威とせず、むしろ自らの成功と捉える

(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』)

古今東西、人々は「リーダーシップ」に関心を持ってきた。ドラッカーならどう答えるか。実は、とくに目新しいことを言っていない。斬新な切り口でリーダーについて論じてはいない。道徳や誠実さ(真摯さ)に裏付けがある人物には、自然と人がついてくる――そう言われると、誰もが「その通りだ」と思うだろう。それでいいのである。

ここで重要なのは、リーダーシップを支えているのが「貢献の意識」「ビジョン」「一貫性」だということである。組織が何のために存在し、何のために事業を行っているのか。そのことを理解していれば、リーダーシップはおのずと生まれる。

モチベーション

成長は、常に自己啓発によって行われる。企業が人の成長を請け負うなどということは法螺(ほら)にすぎない。成長は一人ひとりの人間のものであり、その能力と努力に関わるものである

(ドラッカー『マネジメント』)

組織は、優秀な人たちがいるから成果をあげるのではない。組織の水準や習慣や気風によって自己開発を動機づけるから、優秀な人たちをもつことになる

(ドラッカー『経営者の条件』)

人のモチベーションを上げるために絶対にやってはいけないこと。それは「お金でやる気を引き出す」である。人は金銭的動機では決して真のモチベーションを得ることはできない。仮にモチベーションが上がっているように見えたとしても、それは見せかけである。カネでしか仕事ができない者は、「貢献」を一切考えない。「組織のために」「顧客のために」「世のために」といった視座の高い目線で仕事をしないため、「知識」を悪用する。つまり不正をはたらく。

カネで人は動かないし、動かせない。真に優秀な人材がほしいなら、まずはこの現実を直視しなければならない。

ではどうすればどうすればスタッフのモチベーションを上げることができるのか。それは事業の目的・使命を共有することである。何のためにこの仕事をやっているのか。その仕事によって、誰をどんなふうに幸せにしているのか。組織が果たすべき「貢献」に焦点を合わせれば、おのずとスタッフの目線があがり、自然とクリエイティブな仕事になっていくだろう。

事業

  • ほとんど常に、事業の目的とミッションを検討していないことが失敗と挫折の最大の原因である
  • (ドラッカー『マネジメント』)

  • 事業を決めるものは世の中への貢献である。貢献以外のものは成果ではない
  • (ドラッカー『マネジメント』)

  • 「われわれの事業は何か」を真剣に問うべきは、むしろ成功しているときである。(中略)成功は常に、その成功をもたらした行動を陳腐化する。新しい現実をつくり出す。新しい問題をつくり出す。「そうして幸せに暮らしました」で終わるのは、お伽噺だけである。
  • (ドラッカー『マネジメント』)

ドラッカーはいった、「企業は事業に優れているだけでは、その存在を正当化されない。社会の存在として優れていなければならない」と。

企業とは社会という巨大なコミュニティの一部である。企業が存在を許されているのは、企業が生み出す商品・サービスが、社会を豊かにするためである。逆にいえば、社会に害をなす企業に価値はない。

ここできわめて重要なのは、“企業は価値を生み出し続ける限りにおいて存在を許されている”という慎慮ある考え方である。企業は、社会とは無関係に存在する自由気ままな存在ではない。あくまでも社会の一部であり、しかも、社会の貴重な資源を使って事業を営んでいる。したがって、社会貢献をするのは自然の道理なのである。ドラッカーが何度も繰り返し「成果は(組織の)外にある」と強調する理由がここにある。

成果と貢献

貢献に焦点を合わせるということは、責任をもって成果をあげるということである。貢献に焦点を合わせることなくしては、やがて自らをごまかし、組織を壊し、ともに働く人たちを欺(あざむ)くことになる

(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』)

成果をあげるためには、貢献に焦点を合わせなければならない。手元の仕事から顔をあげ、目標に目を向けなければならない。「組織の成果に影響を与える貢献は何か」を自らに問わなければならない。すなわち、自らの責任を中心に据えなければならない

(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』)

頭のよい者が、しばしば、あきれるほど成果をあげられない。彼らは、知的な能力がそのまま成果に結びつくわけではないことを知らない。逆にあらゆる組織に、成果をあげる地道な人たちがいる。しばしば創造性と混同される熱気と繁忙の中で、ほかの者が駆け回っている間に、亀のように一歩一歩進み、先に目標に達する

(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』)

最高のチームづくりは、「成果」と「貢献」に対する意識の共有から始まる。カリスマリーダーもスーパーマンも必要ない。学歴すら無意味な肩書に過ぎない。人類の大半は“凡人”であるとドラッカーはいう。しかしそれでいいのである。大切なのは、“凡人”一人ひとりが己の強みを生かし、互いの弱みを打ち消し合う人間関係を築くことである。

まずは自分たちの事業の目的・使命が、働く人たちの価値観と一致するかどうかを見極めなければならない。「組織において成果をあげるためには、働く者の価値観が組織の価値観になじまなければならない」とドラッカーはいう。もしも組織の掲げる「貢献」に、相手が納得しない(合わない)のであれば、たとえ優れた才能を持っていたとしても、去ってもらうべきである。それほどまでに徹底しなければ、真の成果をあげるチームに育てることはできない。

真摯さ

真摯さの定義は難しい。だが、マネジャーとして失格すべき真摯さの欠如を定義することは難しくない

(ドラッカー『マネジメント(エッセンシャル版)』

商人とその顧客、自由業者とその顧客の間に必要とされているものは、仕事上の真摯さにすぎない。しかし経営管理者であるということは、親であり教師であるということに近い。そのような場合、仕事上の真摯さだけでは十分ではない。人間としての真摯さこそ、決定的に重要である

(ドラッカー『現代の経営』)

稲盛 和夫 氏は「“人間として何が正しい”で判断する」ことの重要性を説いた。ドラッカーのいう「真摯さ」の意味・本質を理解するうえで、非常に大きなヒントになるだろう。

ではドラッカーのいう「マネジャーとして失格すべき真摯さの欠如」とは何だろうか。それは次のように整理される。

  • 強みではなく弱みに目を向ける
  • 何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心をもつ
  • 誠実さよりも頭の良さを重視する
  • 部下を脅威に感じる
  • 自らに高い基準を設定しない
  • 評論ばかりで実践しない

ここでさらに重要なのは、ドラッカーが真摯さは後天的に獲得できないと考えた点である。つまり真摯さは、その人がはじめから持っている天分であるとドラッカーは考えたのだ。意見の分かれるところではあるが、数多の大企業のコンサルティングを行ってきたドラッカーが達したこの結論を、重く受け取るべきなのかもしれない。

顧客

顧客や市場について、企業が知っていると考えていることは、正しいことよりも間違っていることのほうが多い。顧客と市場を知っているのはただ一人、顧客本人である。

(ドラッカー『創造する経営者』)

顧客が買うものは製品ではない。欲求の充足である。顧客が買うものは価値である。これに対し、メーカーが生産するものは価値ではない。製品を生産し販売するにすぎない。したがって、メーカーが価値と考えるものが、顧客にとっては意味のない無駄であることが珍しくない。

(ドラッカー『マネジメント』)

「われわれは何を売りたいか」ではなく、「顧客は何を買いたいか」を考える。「われわれの製品やサービスにできることはこれである」ではなく、「顧客が見つけようとし、価値ありとし、必要としている満足はこれである」

(ドラッカー『マネジメント』)

多くの人が、自分の売りたいものからスタートする。「これに価値がある」と思ったものを売ろうとする。だが、それは誤りである。売り手志向の発想では、いつまでも的外れな商品やサービスを供給し続けることになる。

顧客は合理的な存在だとドラッカーはいう。一見不条理な消費行動に見えるかもしれないが、顧客は価値のあるものをちゃんと選んでいる。顧客は自分の欲求を満たす商品・サービスでなければお金を支払わない。

であるなら、企業は顧客が“なぜそれを選んだのか”あるいは”選ばなかったのか”について深く考えなければならない。そこではじめて、「顧客の現実の世界」を知り、真に価値のある商品・サービスを供給できるようになる。先立つものは顧客である。顧客の欲求充足のために事業がある。

知識労働者

今や正規の教育によって得られる知識が、個人の、そして経済活動の中心的な資源である。今日では、知識だけが意味ある資源である。

(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』)

現代の組織は、知識労働者による組織である。したがって、それは同等の者、同僚、僚友による組織である。いかなる知識も、他の上位に来ることはない。知識の位置づけは、それぞれの知識に固有の優位性や劣位性によってではなく、共通の任務に対する貢献度によって規定される。現代の組織は上司と部下の組織ではない。それはチームである。

(ドラッカー『プロフェッショナルの条件』)

産業革命から第二次世界大戦までは、いうなれば「肉体労働」の時代だった。熟練度や効率的な働き方が、生産性に直結するのだ。たとえば「1時間あたりに積み荷を運ぶ数」は、目に見えてわかりやすい。目の前にあるタスクをこなすことに専心していれば、おのずと結果があらわれてくる世界である。

ところが第二次世界大戦後に到来したのは、知識と知識を組み合わせた商品やサービスが市場を席巻する時代だった。知識の生産性は、肉体労働とは違って具体的な数値が測りにくい。だが知識がもたらす成果は肉体という物理的制約を超えて無限の可能性に満ちている。だからこそ知識を使った仕事では、常に「成果」に焦点を合わせなければならない。ドラッカーはそう考えた。

成果とはつまり、顧客を満足させることである。顧客を満足させる努力には終わりがない。なぜなら社会構造や価値観の変化によって、顧客が欲している満足が変わるからだ。だから、顧客満足という成果に向かって絶えず前進し続けなければならない。そのために知識を使い、勇気を持って意思決定しなければならないのだ。

成果を上げるためにはどうすればいいのかを考える者は、等しく「知識労働者」である。成果に責任を持ち、意思決定を下す勇気を持つ者は、みな知識労働者である。すなわち知識労働者とは、経営者・役員・従業員・アルバイトのことである。

ミッション

重要なのはカリスマ性ではない。ミッションである。したがってリーダーが初めに行うべきは、自らの組織のミッションを考え抜き、定義することである。

(ドラッカー『非営利組織の経営』)

ミッションからスタートしなければいかなる成果もあげられない。ミッションが、あげるべき成果を規定する。

(ドラッカー『非営利組織の経営』)

知識労働社会において、グローバル化や情報通信技術の発達は、知識の共有・並列化が加速度的に上昇することを意味する。2000年代よりも前の世界は、まだ速度は緩やかだったかもしれない。

だが「一人一台パソコンを持つ」「中高生でもスマホを持つ」のが当たり前になった現代においては、もはや知識やアイデアを独占することが極めて難しいといえるだろう。誰もが簡単に情報にアクセスできる。つまり、誰もが学び・模倣できる。「誰も思いつかなかったアイデア」を武器にビジネスを行うことは、もはや不可能といっても過言ではない。

アイデアは単なる機会・手段である。現代においては、「アイデアは模倣されるもの」という前提で、“組織の指針”を携えていくことができなければ、組織は生き残れない。では組織が携えるべき指針とは何か。それがドラッカーのいう「ミッション」である。

ミッションとは、組織の存在意義のことである。すなわち使命・目的である。「何のために事業を行っているのか」という究極的な理由のことだ。よくあるお飾りの“企業理念”とは明確に異なる。「もしミッションから逸脱した事業を行うのなら解散する」くらいの重い意味を持つ。

おわりに:拾い読み・斜め読みでも「面白い」と思えるのがドラッカーの魅力

わたしたちDラボは、ドラッカーの読書会を運営している。経営者はもちろんのこと、サラリーマンから学生まで、幅広い人がドラッカーを楽しめる読書会だ。

そんなDラボには、しばしばこんな悩みを持つ読者が相談にくる。

「ドラッカーくらい読んでおけと上司に言われたのですが、実際に読んでみると難しくて……」

実際、ドラッカーを読み進められなくて挫折を味わった読者は数知れず。とくに“ビジネス書”的な内容を期待していた読者ほど当惑する。「マネジメント」という言葉ひとつとってみても、そこには歴史や哲学の文脈がある。

「百科全書」や「マルクス主義」といった言葉の先に「マネジメント」があるとは、多くの人が想像もできないはずである。だから挫折を味わってしまう。結論を急げば急ぐほど、ドラッカーの言っていることがわからなくなる。

ではドラッカーは、人を選ぶ難解な書物なのだろうか。答えは「NO」である。ドラッカーを読むコツを掴めば、ドラッカーは必ずあなたの「師」となって暗闇を照らしてくれる。

ドラッカーを読み進めるコツはシンプルである。順番に読むのではなく、好きなところから拾い読み・斜め読みする。これに尽きる。まずはパラパラとめくって、“面白そうだ”と思ったところだけを読んでみてほしい。そのとき感じたことが、あなたにとってのドラッカーなのだ。

本人に“分身”と称され、ドラッカーと長年の友人として交友のあった翻訳者の上田 敦生 氏は次のように語る。

「ドラッカーを読んだ者は自分のために書いてくれたと思う。だからドラッカーはそれぞれのドラッカーである。誰にも親身になって耳を傾け、語りかけてくれる」

(『ドラッカー入門 新版』)

以下に、ドラッカー学会理事の佐藤 等がチョイスしたおすすめドラッカー本を紹介している。興味のある方はぜひ参考にしてみてほしい。

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